Menu

Wandering Wondering

Social/Journal

Stage Zero

Zero Academia

Chap.07:勇者の遺伝子

「えー……これより魔法実技試験を始めます」
 スロの一言で試験が開始した。
 俺達の番はまだ先のようだ。
「今日はあなたの三ヶ月の成長を見せてもらうよ」
 スロが俺の肩を叩く。
「三ヶ月か……」
 思えば長いようで短かった。俺がライと特訓してきたことは全て無駄にはならないはず。――彼と衝突しあってまでこの技能を身につけたんだ。
「スロ先生! 俺の戦いも見ててくれよ!」
 ライが横から入ってくる。
「ええ。勿論よ」
「お、キラの番か?」
 キラが壇上に上がっている。
 相対する相手は誰だろうか。
「セイル・ファウスト、クロトの子ね」
 眼鏡をかけた中性的な少年。そんな印象を抱いた。

「これより、ラケシス、キラ・プロミネンスとクロト、セイル・ファウストによる実技試験を始めます。……始め!!」
 そうこうしているうちに、キラの試験が始まった。
「ファウエル!!」
 キラが先手を取る。
 セイルは素早い動きで弾ける焔を躱した。
「此方も行きますよッ! セイクリッド!!」
「!?」
 キラは驚いて手で顔を覆った。セイルの放った光を帯びた魔法はキラに直撃したが、キラはさほどダメージを受けていないみたいだ。
「ほう」
 珍しい魔法だ。ライは首を傾げている。
「こんな魔法、授業で習ったか?」
「スロ先生は重要じゃないからって読み飛ばしてたな。教科書にも小さくしか載ってない」
「……まさか学園に使い手がいるなんて思わなかったから……あの子、セイル君の属性は『正属性』のようね」
 正属性。それは基本五行とは別の正負の二行の一つだ。負属性以外の他属性と一切干渉しない謎の多い属性とされている。
「面白そうな子ね」
「強い奴ならキラを応援しないとな。頑張れー!!」
 キラは呆れた顔をしている。しかし、同時に冷や汗をかいていた。
「今のは様子見の一撃……次は本気が来る……っ!」
「セイクリッド!!」
 先ほどよりも速度の速い光球がキラを襲う。
「ボーデン!!」
 キラは岩の塊で壁を作り、光球を相殺した。
「これ、やっていいのかな……」
 キラは躊躇したが、心に決めてそれを実行した。
「ファウエル! アイス!」
 左手に炎を、右手に氷を生成する。それをセイルの方まで射出し、彼の顔の前で互いを弾けさせた。
 すると、炎と氷が交じり合い、小規模の爆発が起こった。水蒸気爆発だ。
 熱された水蒸気がセイルを襲う。
「熱っ!!」
「ブリッツ!!」
 キラは続けざまに稲妻を放った。
 濡れているセイルの全身に電流が走る。
 彼の動きは鈍りつつも、魔法を放つ右手はキラの方角を向いていた。
「セイクリッド――」
 その時、キラに一つの考えが浮かんだ。
(魔法を放つのに必要なのは……イメージ!)
「セイクリッド!!」
 キラはその言葉を紡いだ。
 複数属性の魔法を使えるのが彼女の強みだ。貴重な属性の正属性の魔法も、セイルの放った通りにイメージすれば再現できるはずだった。
(魔法が……出ない!?)
「避けろ! キラ!!」
 場外のライやリク達が叫ぶ。
(まずい!!)
 キラは間一髪でセイルの放ったセイクリッドを躱した。
「捻ったことしないで、普通に戦うのが一番ね……」
 セイルは間髪入れずセイクリッドを撃ち続ける。
「このままじゃジリ貧か……一気に終わらせる!!」
 キラはセイクリッドを避けつつ、詠唱を始めた。
 その姿は、豊穣の舞を踊る巫女のようだ。
「ヴェント!」
 キラはセイルの足元めがけて風を放った。
「うわぁ!?」
 セイルの体が宙に舞う。
「ボーデン!!」
 セイルの上方から岩塊が降下し、上昇するセイルにそれが直撃した。
 ボクシングのカウンターのように、受ける衝撃は倍にもなる。
 セイルは地面に激突し、意識を失った。

「勝負あり! 勝者、キラ・プロミネンス!」
「やったぜ!!」
 キラより先に、ライが喜んでいた。
「おめでとう、キラ」
 戻ってきたキラに賛辞を述べる。
「ありがとう」
 すると、スロがいちゃもんを付けにやってきた。
「キラさん、さっきの魔法、あれ合体魔法でしょう? まだ未履修よ」
 この試験は履修課程で修得した魔法しか使ってはならないことになっている。表向きの話で実態はどうなのかさっぱりだが。
 形式上注意しなければならないのだろう。
「……あれは個別に放った魔法が結果的に調和しただけで、そんな気は無かったです」
 恐らく、これは用意してた言い訳だ。
「まぁいいわ。以後気をつけること」
 スロはこれ以上追及することはなく、その場を去っていった。
「良かった~、怒られるかと思った」
「なんだかんだで自分の教え子の勝利が嬉しいんだよ。見てみろよ、あれ」
 遠くでホリィとスロが話している。

「ホリィのとこのセイル君、中々やるじゃない。正属性なんて今時珍しいわね~。大事に育てないとネ」
「そうやって、すぐからかうんだから。あの子が将来有望なのは分かってるわよ」
「まぁ、うちのところのキラの方が一枚上手だったけどね~。次の試合も勝てるといいわね~」
「何よ! もう!!」

「……見たくなかった光景ね」
「天使と評判のホリィ先生がキレてる……」
「そういえば、少し様子がおかしいところがあったな。大丈夫だったか?」
 リクがキラに訊く。
「ああ、あれは……」
 キラがセイクリッドを詠唱しようとして、できなかった時だ。
「私にも、できない魔法があるんだって」
「なるほど、セイクリッドか……。五行が使えても正負の二行は使えないのかもしれないな」
「そうね……」
「また今度試してみよう」
「ええ。次はリク君の番ね。頑張って!」
「ああ……」
 そう、次はいよいよ俺の番だ。
 三ヶ月の特訓の成果、どこまでフラムに通用するか……。

壇上に上がる。なるほど。視界が広がった。周りの観客の姿がよく見える。ライ達が俺を応援している。アトロポスの連中はみんな試合を待ちわびている。そして肝心のフラム・バーンズアップが、壇上に現れた。
 歓声は湧き上がらず、沈黙が続いた。フラムのプレッシャーが、会場を支配しているのだ。
「――三ヶ月だ」
 フラムが不意に口を開いた。
「何のことだ」
「お前が地面に這いつくばる姿を想像して、三ヶ月が経った。そして、今、それが叶う」
「勘違いするな」
 俺は言い放った。
「この三ヶ月、何もしなかったと思うな」
「実力で示して見せろ……リク・アンダーロック!!」

「これより、ラケシス、リク・アンダーロックとアトロポス、フラム・バーンズアップによる実技試験を始めます。……始め!!」

(まずは先手を打つ……!!)
 俺は試合が始まると同時に、フラムに向かって走り出した。
「……」
 フラムは動じない。俺は叫んだ。
「ヴェント!!」
 会場から、どよめきが起こった。
 スロが口を開けて驚いているのが見える。

「と、飛んでる……?」

――――
――

「風魔法の最大の強みってなんだと思う?」
 特訓中、俺はライと戦略を練っていた。
「風……他の属性に比べて、目に見えないよな」
「そうだな。しかし、力がある。大きなものを移動させることもできるし、ものを宙に浮かべることもできる」
「宙に浮かべる……待てよ……?」
「どうした?」
「ものを宙に浮かべることができるなら、自分も宙に浮かべることもできるよな?」
「……名案だ!!」
――
――――

「自らの足元にヴェントを放ったか……しかし、宙に舞い上がることは出来ても、浮かび続けるのは至難だぞ?」
 フラムは眉ひとつ動かさずに喋る。
「理論上は空中浮遊も出来るが、今回は試合向けのチューニングなんでね!!」
 俺は空中で再び自分にヴェントを撃った。今度は、宙からフラムの方向へ。
連射ショット!! ハイ・ヴェント!!」
 中級魔法を連続で唱えながら、フラムに向かってどんどん加速する。この連続魔法も三ヶ月の特訓で習得したものだった。
「……ボーデン」
 ハイヴェントの嵐と俺がフラムにぶつかる一瞬で、フラムの周囲が隆起した。
「ぐっ……!!」
 俺は加速したスピードを全て殺され、地面へと放り出された。
「しかしまあ……なんとも痛い」
 俺は冷や汗を流した。期せずして、キラが行った戦法の逆バージョンを決められたのだ。それが偶然の産物だったのか、それとも計算だったのか――
「今のはボーデン・マグナではない。ボーデンだ」
 フラムが竜王よろしく俺に言い放った。ユーモアあふれる言葉ではあるが、この状況では洒落にならない。
(どう攻める……)
 俺が仕掛けた攻撃は冗長だった。加速、上昇、下降の3ステップからなるため、相手に反撃の余裕を与えてしまうのだ。ならばもっと単純に、素早く攻める必要性がある。と、なると――
「ヴェント!!」
「またさっきの戦法か? 俺には通用しないぞ――!?」
 ダッシュ、そして、アタック。俺は自らにヴェントを放ち加速させ、フラムの目の前で、再度ヴェントを放った。自らの拳に放ったヴェントによって数倍のパワーのストレートがフラムに直撃する。
 俺はフラムに、この試合最初の一撃を与えることができた。
「今のは効いたぞ……だが」
 フラムには分かっていた。この戦法の弱点が。
「お前の身体――いつまで持つのか?」
 俺の身体は既にボロボロだった。その原因は「ヴェント」にある。俺は自らの加速のために何度か自身にヴェントを放った。ヴェントも魔法だ。自分に攻撃魔法を放つということは、自分の体を傷つけているのと同義である。速度を得るために払った代償は、この戦いではかなり大きなものとなった。
「ボーデン」
 フラムが詠唱する。俺の足元が隆起する。
「避けきれない……!!」
 彼のボーデンの威力は強大だ。直撃は免れなければいけない。
「ヴェント!!」
 俺は自身の横からヴェントを放ち、自分の身体を横っ飛びさせる。
「ボーデン!」
 間髪入れずにフラムは再度詠唱する。
「ヴェント……!! ぐっ……」
 まずい。
「ボーデン!!!」
 このままじゃジリ貧だ。
「ヴェント……ッッ!!」

「ボーデン・マグナ」

俺が自分にヴェントをかける瞬間に、「上級魔法」が詠唱された。発動場所は、自分の移動先だ……!!
 真上から巨大な岩塊が降り注ぐ。俺は避ける間もなくそれに埋もれた。
「がああああああああ!!!!!」
 降り注ぐ岩塊は破裂を繰り返し、そこにはただ地面に伏している俺だけが残った。

 ……。
 歓声が聞こえる。
「フラム! フラム!」
 会場はフラムの応援コール一色だ。
 スロとキラは祈るように俺を見ている。
 ライは、何か叫んでいた。
「負けるな!」とか、「頑張れ!」とか他人事みたいに応援しているのだろうか。
 結局俺は、ここで負けるのだ。
 ――――負ける?
 当初の予定では、俺は負ける時「死ぬ」ことになっていたはずだ。なぜなら、フラムは「躊躇なく人を殺すことができる」からだ。
 漸く気づいた。アレは結局俺達を鼓舞させるための、スロ先生のハッタリだったのだ。
「フラムも人間だってことだ……」
 ライが必死で何かを伝えようとしている。
 もういいんだ、今更。ここで終わっても。俺はゆっくり、目を閉じた。

「馬鹿野郎!! 三ヶ月も特訓して、それで終わっていいのか!?」
 急に、ライとの距離が縮んだ。目を閉じたら、集中力が研ぎ澄まされたみたいにライの声が鮮明に聞こえてきた。
「アレ、まだやってないだろ!! とっておきを見せてやれ!!」
 ああ……そういえば、そうだった。俺には、まだとっておきの必殺技があったんだ。

「勝負あり!! 勝者、フラム――――」
「おい、まだ終わりじゃないぞ」
「!?」
 俺はボロボロの身体に鞭打って、起き上がった。
「そこで倒れたままのほうが、軽傷ですんだものの……」
「ゴチャゴチャうるせえよ……連射ショット・ヴェント」
 俺は低火力のヴェントを速射した。フラムは最初こそ避けていたが、あまり威力がないことに気づくと、
「小賢しい……ボーデン!!」
 たった一発の魔法で、それら全てを薙ぎ払った。
 会場に砂煙が蔓延する。
 フラムは、それが晴れるのを静かに待った。そう、待っていた・・・・・のだ。

――――
――
「なぁライ、俺にも『雷球』みたいなの教えてくれよ」
「教えてやりたいにはやりたいんだが、何も考えなくても出たもんだからなあ……」
 俺はライに創作魔法の秘訣を教えてもらっていた。
 スロの言った「あなたたちだけの戦いをしなさい」という言葉から、ライの創作魔法にヒントが隠されていると判断したのだ。
「何をやれば正解なのか、分からないもんな……」
 数学の方程式のように、解を求めるにはまず公式を覚えるところからはじめなければいけない。
「その考え方が、間違ってるんじゃないのか?」
 俺は胸を衝かれた。ライに指摘されることに新鮮さを感じたのだ。
「俺はバカだから、何が正解で何が間違いかなんて、いちいち考える余裕がないんだよな。だから、とりあえず、失敗なんて考えないでやってみるんだ。まあそしたら『雷球』みたいなのが出るんだけどな」
 確かに、ライの意見は的を射ていた。そして、漸く合点がいった。
「そうか……俺や普通の人間は、『魔法』というものを一般化して考えている。この魔法はこうあるべきだとか、こうならないとおかしい、とか前提知識によって動いているんだ」
「俺の場合は?」
「『本能』だよ。魔法というものに偏った見識はなく、単に『こうしたい』という直接的な願望が表れているんだ」
 俺は説明を続けた。
「たとえば、『雷球』の場合は、雷を発現したいという気持ちからああいった形状になった。『雷壁』は、身を守りたいといった感情、『地獄の雷球』は、人に傷を負わせたいといった感情だ。これはライの感情と魔力がしっかりリンクできている証拠だ。ある意味才能があるといえる」
「ある意味とはなんだある意味とは」
「まぁまぁ、褒めてるんだ。しかし、これが分かったところで、できるのか? 俺に創作魔法が……」
――
――――

「来い……『風竜』!!」
 俺はその名を呼んだ。突風が巻き起こり、砂煙は嵐と化す。
「何が起こっている……!?」
 フラムは現状を把握できていないようだ。
 砂嵐が収まり、視界が鮮明になる。
 そして眼前の景色を前に、フラムの表情が驚きの色に染まった。
 彼が目にしているのは風。しかし、風は竜の姿形をしている。その佇まいは、まさに風の化身と言えた。
「これは、幻獣……?」
 フラムが一歩後ずさりする。
「貴様……まさか幻獣と契約を?」
 彼は妙な単語を口にする。
「幻獣? 契約? 何のことだ……」
「なるほど……ただの虚仮威しってことか!!」
 フラムが風竜との距離を詰め、魔法を放つ。
「ボーデン!!」
 しかし、
「無駄だ!」
 岩塊は風竜を貫いた。貫いただけだ。
「効いてない……?」
「風竜は風の集合体だ。実体が無いから攻撃は効かない」
「小癪な……」
 フラムは歯ぎしりした。
「行け、風竜!!」
 俺は風竜に命令した。(とはいっても、風を操っているのは俺自身だが)
 風竜は口から空気弾を放つ。拉げる地面から、どれほどまでの威力なのかが窺える。
「パワーはピカイチか……」
 フラムは華麗な身のこなしで空気弾の嵐を避ける。
「だが、俺は負けるわけにはいかない……勇者の血を継ぐものとして!!」
 一発、フラムに空気弾が当たった。かなりのダメージのはずだが、フラムは怯むことがない。
「本体を叩くしか手段は無いか……」
 フラムは風竜の足元をすり抜ける。空気弾の死角だ。だからといって、安全地帯ではない。
 風竜の背後まで抜けたフラムに、風竜の尻尾が猛然と襲いかかる。
 風の集合体である本体の攻撃も、空気弾と同じく当たれば一溜まりもない。
 フラムは尻尾の急襲を手でガードして受け止めた。その身躯は何メートルも先に吹き飛ばされる。
「ぐっ……」
 彼は身体から血を流す。このままだと出血多量でいずれ倒れるだろう。
 それでも、彼は立ち上がった。
 俺は困惑した。何が彼に力を与えているのか。彼を突き動かすものとは何か。
「負けは許されないんだ……俺に。俺に刻まれた『Z』に恥じないために……」
 彼は何を言っているんだ。
「なあ、教えてくれ、リク・アンダーロック。強さとは何だ。力とは何だ。俺はどうすれば、最強になれる」
 彼の執念が、俺の心に突き刺さった。それはとてつもなく強大な執念だ。
 俺はフラムに近づいた。
「フラム……君は何故、そこまで勝ちに拘る。君を縛るものは何だ?」
「ジークフリード……貴様も聞いたことがあるだろう?」
 ジークフリード。伝記上の英雄だ。
「出自名……俺の出自名がそうだ」
 フラム・ジークフリード・バーンズアップ。それがフラムの本名らしい。
「俺は小さい頃から戦い方を教えこまれてきた。ジークフリードの名に恥じないようにだ」
 フラムは途中咳き込みながらも、話を続けた。
「『ジークフリード』であることは誇りだ。しかし、俺は何もしなくても『ジークフリード』なんだ。それに力は何も関係ない。しかし、それでいいのか? それは甘えにすぎない。俺が本当に『ジークフリード』であるためには、俺もまた『英雄』でなければならない。その近道は何か? そう、力を得ることだ。力を得れば英雄になれる」
 何かが、間違っている。しかし俺は、その明確な答えを示すことが出来なかった。
「俺の住んでいた街はもう無い」
「――!?」
「俺の親も、戦闘を教えてくれた師匠も、幼なじみも、全員死んだ。殺されたんだ」
「……」
「俺だけ生き延びた。それは紛れなく運命だ。『ジークフリードの末裔』であるが故に、俺は生き残った」
 俺は無言で、倒れこんだボロボロのフラムを覗き込んでいた。
「街を滅ぼした奴は誰か知らない。だが、その犯人を見つけ出し、敵討ちをすることができれば、俺は街の皆の魂を成仏させることができる。英雄になれるんだ」
 違う。違うんだ、それは。『英雄』なんかには程遠い。
「俺はここで最強になって、犯人を探して、殺す。そうすることで、初めて俺は胸を張って『ジークフリード』を名乗ることができる」
――――それは、単なる『復讐』だ。
「だから、ここで終わらせる……」
 違和感に気づいた。バカだ俺は。「彼がずっと、魔力を練っていることに気づきもしなかったのだ」
「ボーデン・マグナ」
 彼の手から、鋭い岩塊が放たれた。
 俺は至近距離でそれを避けた。それでも岩塊は頬をかすって通り過ぎていった。
 俺は安堵したが、すぐに事の重大さに気づく。
「……まずい!!」
 俺をかすっていった『ボーデン・マグナ』は、会場の天井に衝突した。
 石造りの天井に少しずつ亀裂が入り――――それはすぐに崩壊した。

天井が無数の瓦礫となって、会場にいる人間に襲いかかる。
「逃げろー!!」
「助けてくれ~~!!」
「嫌ーーーッ!!」
 会場は阿鼻叫喚としていた。
「クソ……」
 このままじゃ、会場にいる皆、生き埋めだ。
 俺は考えた。刹那が永遠にも感じた。
(俺は今、風竜を呼び出している。その空気弾と、ハイ・ヴェントの連射で瓦礫を砕けば……)
「行け、風竜! そして、連射ショット、ハイ・ヴェント!!」
 俺は風竜から空気弾を放出させる。かたやハイ・ヴェントを連射する。
 正直、脳の許容範囲を超えていた。風竜の制御とは別に魔法の詠唱なんて出来るはずない。しかし、現実にできている。火事場の馬鹿力というものか。
 着実に瓦礫を粉砕している。よし、これで会場のみんなは安全か……。
 俺は振り返った。
 フラムの頭上に、瓦礫が接近していた。

 まずい、このままじゃ確実に間に合わない。
 このまま瓦礫が直撃すれば、彼は死ぬ。
 どうすればいい……すぐに移動できれば……。
「ヴェント」
 俺は『本能』のまま自らにヴェントを唱えた。身体が加速する。
 目指すはフラムと瓦礫の間。そこでもう一度ヴェントを唱えて……
 駄目だ。
 ヴェントが間に合わない。瓦礫が俺にぶち当たる。このままじゃ、俺もろともフラムは死ぬ。ふたりとも、瓦礫の下で眠ることになる。
「詰めが甘すぎる……『ボーデン』」
 途端、目の前の瓦礫がはじけ飛んだ。その衝撃で、俺は意識を失った。
 意識が闇に吸い込まれる中、「すまない」と言うフラムの声が聞こえた気がした。

 会場に沈黙が訪れる。瓦礫によって変わり果てた会場。
「勝負あり。勝者、フラム・バーンズアップ」
 淡々と告げられる言葉。まばらな拍手。冷ややかな視線。孤立したフラム。

 彼は『最強』ならぬ『最恐』の通り名で学園中に名を轟かせた。