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Wandering Wondering

Social/Journal

Stage Zero

Zero Academia

Chap.08:疾風の魔術師

「んん……」
 頭が痛い。強く打ったのだろうか。体もうまく動かない。一体俺はどうしたんだろうか。
 ゆっくりと目を開く。天井だ。ここはどこだ。
「リク!! 大丈夫か!?」
 ライが俺を覗き込む。
「ライ? ここは一体……」
「覚えてないのか? フラムとの戦いで……」
 フラム……フラム・バーンズアップ。ジークフリードの子孫。そうだ。思い出した。
「フラムはどこだ!?」
「落ち着け。怒る気持ちも分かるが、今は安静にしておかないと」
 違うんだ。
「彼は相当の非難を浴びていたよ。応援してたアトロポスの生徒達も距離を置いてるみたいだ」
 やめてくれ。
「リクの危惧した通りだったな。アイツには良心なんてものはないんだ」
「やめろ!!」
 突然の俺の叫びに、ライは驚いて固まった。
「どうしたんだ、急に……」
「すまん……だがな、フラムは皆が思うほど悪い奴じゃない。彼は束縛されているだけなんだ。心を開けば、きっと仲良くやっていけるはずだ」
「リク……戦ってもないのにゴチャゴチャ言って悪かったよ……それでも、リクをこんな目にあわせたんだ。簡単には許せねえよ。そうだ、ザルガはいい奴だったぜ。それと、アイツ・・・もな」
 ライの言葉で、あることを思い出した。
「あっ!? お前、試験は!?」
「何言ってんだ?」
 俺としたことが情けない。
「もう、とっくに終わってるぞ」
 俺は、気を失ってから半日以上寝ていたらしい。

 これから記すことはライから伝聞した事柄だ。多少事実との乖離があるかもしれないが、大筋は合っているはずだ。

俺が気を失ってから少し経って、ライとザルガの試験が始まった。会場は瓦礫の山と化していたが、各クラス担任の三人が中心に生徒達が手分けして瓦礫の処理をしたため、スケジュールから少し遅れて試合を再開することができたみたいだ。俺を保健室まで運んでくれたのはスロとホリィ先生らしい。後で礼を言わなければ。

 ライは壇上へ上り、ザルガと相対した。
「さっきはフラムが大暴れしてゴメンなさい。彼の代わりに謝っておくよ。彼、色々と不器用なところがあるから……。リクくんも大事なければいいけど」
 気の利いた言葉をかけられて、ライは少々予想外だった。
「フラムのことは許せないが、それはこの試合とは関係ない。全力で行かせてもらうぞ、ザルガ・サグジェスペル!!」
「こっちこそ! ライ・ハイディアくん!」
「これより、ラケシス、ライ・ハイディアとアトロポス、ザルガ・サグジェスペルによる実技試験を始めます。……始め!!」

「ファウエル!!」
 先手を打ったのはザルガだった。魔力の歪みの全くない、完璧な一撃だ。
「おっと!!」
 ライはそれをかろうじて避けた。『雷壁』で避けることもできたのだが、
(リクがここぞという場面に取っておけって言ってたからな!)
 ザルガは火属性の使い手みたいだ。火属性は五行の中で最も攻撃性の高い属性だ。無闇に懐に突っ込むのは得策ではないだろう。ライはそれを本能的に感じていたのか、アウトレンジから『雷球』を乱れ撃つ。
「これが噂の『創作魔法』……面白いね」
 ライの『創作魔法』は他クラスでも噂になっているようだった。
「独り言言ってる暇なんてあるのか? ブリッツ!!」
「!?」
 これが俺とライで考えた作戦その一だ。速度の控えめな雷球を放ちながら、稲妻の如く放たれるブリッツを途中で挟む。雷球の速度に慣れてしまうとブリッツを見切ることができなくなるという算段だ。実際、ザルガにブリッツを一撃浴びせることができた。
「面白いね、ライくんは。戦う相手がライくんで良かったよ」
「俺はあんまりお前と戦いたくなかったよ。変な噂も聞いたしな」
「噂って、どんな噂だい?」
「そうだな……魔力源がある? とか?」
 その言葉を聞いて、ザルガは不敵に微笑んだ。
「それはまた面白い噂だな、ザルガ」
 突然、何かが口を開いた。
「もう、いつもそうやって出しゃ張る」
「いいじゃないか。コイツには多分、基本魔法だけじゃ勝てっこないぜ」
 ザルガは、何と話している……?
 ライは状況を全く把握できなかった。
「お前、誰と喋ってるんだ?」
「ああ、紹介が遅れたね。彼は鎌鼬。僕の相棒さ」
「よろしくな」
「よろしくって、何処にいるんだよ!! 姿を現せ!!」
「そんなに焦らなくたって、すぐに見せるよ……鎌鼬『風刃』」
 ザルガがそう唱えた――命令した。
 突風がライに押し寄せたかと思うと、目の前には、一匹の鼬。その頭部には角が生えている。そしてその角が刃の形状に変化し光を纏い、ライを斬りつけた。――これは一瞬の出来事だった。
「え……?」
 ライは痛みを感じなかった。一瞬すぎて、痛みを感じる暇が無かったのだ。

「今のは何だ……?」
 頭が働かなかった。一対一の戦いの中に、『他の生物』が紛れ込んだのだ。
 ライはすぐに一つの仮説に思い当たった。先の俺の戦闘のケースだ。俺はフラムとの戦いで『風竜』を呼び出した。それは形だけのもので、実際は俺が風魔法を駆使して作り出した。いわばヴェントの集合体だ。自分で言うのもなんだが、あれは俺が計算処理や物理演算の能力に長けていたためできたと言っても過言ではない。常人には無理だ。(尤も、この時点でザルガが常人である確証はない)
 しかし、だとしたら、アレの正体は何なのだ。ライはザルガに問いかけた。
「今のは……ペットか?」
 (そんな質問をするバカがどこにいる、と俺はライを小突いた)
「フッ、聞いたかザルガ。舐められたもんだな、俺たちも」
 ザルガのものではない声がライの耳に入った。
「悪気は無いんだよ、きっと。この戦況に混乱しているだけで」
 ザルガはライのフォローをし、言葉を続けた。
「紹介がまだだったね。彼は鎌鼬。ペット、というよりは友達に近いかな」
「友達ねぇ。可愛くいえばそんなものか。もっとかっこよく言えば、一蓮托生の関係ってとこだ」
 鎌鼬と呼ばれたイタチがザルガの三角帽子のつば・・の部分に乗っかる。
「僕は彼に魔力を与え、彼は僕に力を授ける。一生、その構図が変わることはない」
 ザルガは杖でトンと地を鳴らした。杖に埋め込まれた水晶が淡く光る。
「僕達のコンビネーションに、キミは何処まで付いてこれるかな?」

 ここまで話を聞いた俺は、ある言葉を思い出した。それは、フラムが放った言葉だ。
『貴様……まさか幻獣と契約を?』
 聞いたこともない二つの単語、どうもそれが鍵を握っている気がして堪らなかった。
 そしてその予感は、ずばり的中したのだった。

「鎌鼬『紫電清霜』」
 鎌鼬が駆ける。紫の稲妻が尾を引いて明滅する。
「速い……っ!」
 ライは今度は直撃しまいと身構えた。鎌鼬は地面を稲妻のごとく疾走するに足らず、跳躍した。彼の踏む『宙』に霜が降り、それを足場として一歩、また一歩空中を走り回る。
「今だ! 鎌鼬『光焔』!!」
 ザルガの足元に魔法陣が展開する。それと同じ紋章が宙を舞う鎌鼬の真下に浮かび上がる――その直下にはライがいたのだ。
「『雷壁』!!」
 ライは咄嗟に防御魔法を唱えた。これが直撃するのはまずい、と本能が警鐘を鳴らしていた。その様子を見てザルガは少し感心していたが、攻撃の手は一寸も緩むことは無かった。鎌鼬の身体から目の眩むほどの光弾が放たれる。それは鎌鼬の真下に浮かぶ紋章を通過すると、極大の豪炎となりライを襲った。
 ライは必死で『雷壁』を張り続ける。しかし、それも長くは持たなかった。間もなく『雷壁』は割れ、ライを業火が包み込んだ。
 身を焼き尽くされるライは――聞き手の俺も――彼らに、いや鎌鼬にある疑問を浮かべていた。

 何故彼は、複数属性の魔法を使うことが出来るのだ。

「何故だ、という顔をしてるね」
 炎が収まり、燻ったライは地面に倒れこんだ。
「ライくんは『創作魔法』のこと、どう思ってる? 枷だと思ってるかい? 普通の魔法が使いたいと思ってる?」
「そんなことない……これは俺にしか出来ないことだ……俺はこれを『強み』だと思っている」
「いいね……自分で言うのもなんだけど、僕って引っ込み思案なところがあって、あまり自分に自信が持てなかったんだ」
「試合中に自分語りかよ……余裕だな」
「君だから話してるんだ。君はなんだか僕と似ている」
「解せねえな……」
「ある日鎌鼬に出会ったんだ。彼は死にかけていた。彼は魔力を要求した。だから僕の魔力を分けてあげたんだ。それからだよ、僕らの仲は」
 ザルガはライから背を向けた。
「文字通り、僕と鎌鼬は一心同体。魔力を共有してる。僕は鎌鼬の魔力を使うこともできるし、鎌鼬は僕の魔力を使うことができる。魔力源という噂はそこからきたんだろうね」
「どうやったらそんなことできんだよ……ただの人間と、ただのイタチじゃないか……」
「違うんだ」
 ザルガはライに向き直した。

「鎌鼬は、幻獣なんだよ」

聞きなれない言葉に、ライは首をかしげた。
「幻獣?」
「ビヴロスト中に溢れる魔力――スフィアは、本来カオスなんだ。スフィアのエントロピーが増大すると、世界は無秩序に溢れる。今ある自然は壊れ、四季は無くなり、闇に覆われる――推測だけどね」
 難しい話にライはついて行けていないようだ。構わずザルガは続ける。
「でも現に、自然は調和して、世界は秩序を保ち続けている。それは、スフィアを管理する生き物がいるからなんだよ。その生き物が記されている書物がある――聖教の教典、聖典だ。彼らはこう紹介されていた。スフィアの番人――幻獣と」
 ライは鎌鼬を見た。少し形は違うものの、見た目はただのイタチだ。
「これが、いわゆる神話生物のようなものか?」
 鎌鼬はライに蹴りを入れた。
「これは仮初めの姿だ。魔力を全開にするとザルガに負担がかかる。それは命をも蝕みかねないからな」
「話を戻すよ。僕が何故鎌鼬と魔力を共有しているのか。それは『契約』したからだ。魔力を共有すること、互いを護りあうことを誓ったんだ」
「これは一生破棄することのできない、絶対の契約だ。にもかかわらず死にかけの俺とザルガは契約してくれた。命の恩人なんだよ」
「鎌鼬が複数属性を操れることに驚いていたね。鎌鼬はずっと昔、星の巫女の守護獣だった。星の巫女は代々『オムニスフィア』を継承してきた。その守護獣だった鎌鼬も『オムニスフィア』を使えて当然なんだよ」
「それって――」
 ライは気づいた。そして、こんな考えに至ったのだった。俺――リク・アンダーロックと話をさせるべきだ。
 だからこそライは、
「『地獄の雷球』」
 決着を付けようとした。
 地面に伏せている間、必死で練っていた魔力。ザルガの話を聞きながらそれを放つタイミングを伺っていた。
 超高電圧で高熱を帯びた『雷球』。一撃必殺の魔法がザルガ目掛けて一直線に襲いかかる。

 トンッ

 小気味よい音が鳴り響いた。

 ザルガが杖で地面を叩き――

「『ルーク・ファウエル』」

 炎の最上位魔法が、ノーモーションでザルガの杖から放たれた。
 『地獄の雷球』はおろか、その直線上のライまでも彼の魔法は貫いた。
 ほどなく、試合が幕を閉じた。

「勝負あり! 勝者、ザルガ・サグジェスペル!!」

「――というのが、俺とザルガの戦いの顛末だ」
「ザルガ・サグジェスペル……かなりの実力者みたいだな」
 ライの話を聞き終えた俺は、ザルガの常人ならない実力に驚きを隠せなかった。魔法の腕は俺やフラム以上だろう。
「万全な状態のリクと勝負すれば、面白い試合になっただろうな」
「いや、お前の話が本当なら、俺の太刀打ちできる相手じゃない……」
 謙遜などしていない。これは本音だ。すると、病室の入り口から人影が現れた。
「お褒めいただき光栄だね、リク・アンダーロック君」
「ザルガ・サグジェスペル……?」
 話題の中心が突然現れたため、俺は驚きを隠せなかった。
「俺が呼んだんだよ」
 ライが成り行きを説明した。
「俺が負けてから、少し話したんだ」
「話したって、何を……」
「ちょっとした、男同士の会話さ」

「さっきはごめんね、君とは敵同士でなく、対等に話したかったから」
 ザルガは先ほど最上位魔法によってライを戦闘不能に陥らせたことを詫びた。
「全然平気だって。頑丈なことだけが取り柄だから。とはいえ、だいぶ効いたけどな。それに、俺だって速攻でカタを付けようとした。おあいこだ」
「そう言ってもらえると助かるよ。それで、リクくんは大丈夫かい?」
「命に別状はないみたいだな」
「フラムのこと、責めてるよね?」
「当たり前だ。俺の親友をあんなに傷つけたんだ。まあ、この試験が無傷で終わるなんて最初から思ってなかったよ。実際のところ、俺たちはお前たち二人のことを恐れていたからな」
「恐れるって、大袈裟な」
「だって、人を殺すことができるなんて先生にハッパかけられたんだし、しょうがねーよ」
「……複雑な事情があったしね」
「複雑な事情ね……便利な言葉だこと」
 皮肉ったライの言葉を、ザルガは全く否定しなかった。
「そうだね。僕は逃げてるのかもしれない……君には何を話してもいいと思ったのに、いざとなったら言葉が浮かばないんだ」
 その言葉に偽りなど感じられなかった。ザルガは、自らの振る舞いに苦悩しているのだ。
「俺とお前は似ていると言ったな」
「うん……」
「何故だ? 似ても似つかない。魔法のテクも雲泥の差、成績だって月とスッポンだ。それなのに、どうして……」
「君から、臭いがするんだ」
 ライはそう言われて、慌てて自分の体臭を確認し始めた。
「嘘だろ!? 毎日風呂には入ってるし、体もしっかり洗ってるけど!?」
 ザルガは大笑いした。
「ハハハ、違うよ、そうじゃない」
「一体なんだよ……」
「僕と鎌鼬が同じ人生を歩んでいるように、君からは幻獣との繋がりを感じるんだ」
「幻獣……?」
「実は君も契約していたりするのかい?……なーんてね」
 ザルガは胸に手を当てた。
「これから、君にもそういう時が訪れるのかもしれない……僕が鎌鼬と出逢ったように」
 そしてザルガはライの手を掴んで、目を見つめた。
「僕も君の友達になりたい。困ったことがあったら、何でも僕に聞いて……! って、リク君がいるから必要ないかもしれないけど……」
 ライはザルガのその行動に少し驚いたが、ニヤリと微笑み、ザルガの手の上に同じように手を重ねた。
「もちろんだよ、これからもよろしくな、ザルガ」

「そういうわけだ。リクもザルガと仲良くしてくれ」
「ああ。俺もザルガの魔法と、その鎌鼬とやらに興味がある。いいライバルになれそうだ」
「ふふふ、いつでもかかっておいで!」
 俺はザルガと握手を交わした。
「ところで、フラムはどこにいるんだ? あいつと話したくて……」
 俺はザルガにフラムの所在を訊いた。
「さあ……そういえば大会が終わってから見てないな……」
「リクから出向くことないだろ、アイツから謝るのが筋ってもんだ」
 ライはまだフラムのことを認めてないらしい。
「その件については本当に申し訳なかった。どれだけ謝っても足りないくらいだ」
「いいんだ。俺はフラムを責めてるわけじゃない。話を聞いてやりたいんだ。アイツ、家のことで色々背負ってるみたいだしな」
「そうか……君はフラムに認められたんだね。流石というべきか、少し悔しいな」
 ザルガは笑いながら下を向いた。
「そうやって、彼のことを理解してくれる人がいるだけ、幸運だよね……」
 ザルガがボソリと呟いたように聞こえた。

またもや、部屋に入ってくる人物が一人。
「良かった、リク君、目が覚めたのね」
「スロ先生……心配かけてすいません」
「そんなのどうでもいいの、あなたが無事なら……って、そんな話している場合じゃなくてね」
 少しいい話だったはずなのに、「そんな話」と一蹴されてしまった。
「カイゼルのことは知ってるでしょ?」
 俺たちは静かに頷いた。
 カイゼル――それは魔導学園の顔。学園のトップに君臨する、魔導学園名誉会長である。
 本名は誰も知らず、その圧倒的な高潔さと、誰をも寄せ付けない威圧感から、こう称されている。

皇帝カイゼル』と――――

 そんなカイゼルが、どうしたと言うのだ。

「心して聞きなさい」
 俺は生唾をゴクリと飲み込んだ。その音が室内に響き渡るかのように、空気は張りつめていた。
「カイゼルから、直々にご指名があったの。あなたたち三人、そして、キラさん、フラム君の五人がね」
 スロは俺たちを部屋からレイオアム像のあるエントランスに連れ出した。
 レイオアム――叡智を司るアインシュレインの守護龍。その加護を俺はしっかりと受けられているのだろうか。
 スロはレイオアム像の前に俺たち三人を並べた。
「気をつけるのよ――」
 彼女はそう一言言い残し、「転移魔法」を起動した。

「……ここは…………?」
 完全に光を遮断した広い空間。通路に沿って、次々と「ファウエル」ランプが点灯していく。長い長い赤絨毯を進むと、後ろ姿が二つ、目に入った。キラとフラムだ。
 五人がそこに集結した。
 その目の前では、絢爛たる玉座の主が、荘厳たる皇帝が、何事をも見通す鋭敏な目つきで俺たちを見下ろしていた。

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