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Wandering Wondering

Social/Journal

Stage Zero

Zero Academia

Chap.06:拳で語れ

「あの二人は躊躇なく人を殺すことが出来る」
 俺の頭の中から、その言葉がいつまで経っても消えなかった。一体どうすればフラム、そしてザルガに俺たちは対抗することができるのだろうか。その答えを俺たちは模索していた。

「ブリッツ!!」
 ライが詠唱する。閃光が空気を切り裂きターゲットを射抜く。
「まともにブリッツが出るようになったじゃないか!」
「リクとキラに教わったおかげだよ!」
「これで一歩前進ね! 当面の目標は打倒アトロポスだからね!」
 ここ数日は魔法の練習ばかりだ。そのせいで、座学の時間に疲れが現れて熟睡してしまっている。(俺はともかく、ライが爆睡しているのは些か不安である。果たして単位は取れるのだろうか……)
「ほら、そこ! 寝てないで授業に集中してなさい!」
 言わんこっちゃない。ライがスロに叩き起こされる。
「あなたもよ! リクくん!」
 俺もか。


――――
――

授業の終わりの鐘が鳴った。
「大丈夫? リクくん」
 キラが俺の元に来る。
「ん? 何が?」
「最近授業中ずっと寝てるでしょ。前は起きてるように見せかけてこっそり寝る努力をしてたのに、今は普通に机に伏してるじゃない」
 ばれていたのか。
「あー……。まあ、疲れていないかというと嘘になるな」
「今日くらい練習休んだら?」
「駄目だ」
 俺はきっぱり言い放った。キラは目を丸くした。
「どうして……」
「そんなんじゃ、奴らに勝てない」
 俺は至って真面目に答えていた。しかし、キラは困惑していた。
「……あんまり、根詰めすぎないようにね」
 キラは教室から出て行った。
「俺、間違ってないよなあ」

それから俺はライと二人で練習を始めた。キラは今日は来ていない。
 確かに体に疲れが溜まっているようだ。いつもより早い段階で息が切れる。
 ライも肩で息をしていた。ここで体に鞭打ってもいいが、キラの言葉を思い出す。休憩を挟むことにした。
「毎日こうやって練習してるけどさ、勝てるのかな、アイツらに」
 ライが訊く。
「ブリッツが出来るようになったじゃないか。確実に成長してるって」
「でも、彼らは魔法のエキスパートなんだろ? 初級魔法なんかで相手になるのかな」
「……」
 確かに、彼らは強い。実戦経験などない俺らと比べて、遥かに強い。嘘でも「なんとかなる」などライに言えるはずなかった。
 そして同時に、ある言葉が再び頭のなかでリフレインした。
「あの二人は躊躇なく人を殺すことが出来る」
 人を殺す、とはどういうことだ? 辞書的な意味は分かっている。しかし、どうやって殺す? 実行するより前に理性がそれを阻む。
 彼らはとどのつまり理性という安全装置のない、トリガーを引くだけで発砲できる拳銃のような存在なのだ。
 戦いでは一瞬の選択が勝敗を決する。今のままでは俺は彼らには勝てない。

「なあ人をもし殺せと言われたら、殺すことが出来るか?」
 それは単純な問いかけのはずだった。
「俺は――」
 ライは言葉に詰まった。
「もし向こうが俺たちを殺そうとしてきたら、俺らもその気で挑まないと勝つことが出来ない」
 ライは黙って聞いている。
「勿論殺せと言っているわけじゃない。殺す必要に駆られた時、殺すことが出来るかどうかだ」
「いや、ダメだ」
 ライは俺に反論した。
「どんな状況にあっても、相手の命を優先するべきだ」
「何を言ってる? 優先すべきは相手じゃない。自分の命だ」
「分かってる。だから、殺されないように相手を無力化する」
 ライの言っていることは理想論だ。彼は争いのない世界を望んでいる。しかしそれは、争いを知らないだけ。俺だって争いごとの経験などないが、それが甘いってことは分かる。
 だから、鼻で笑ってやった。
「フッ……なぁ、お前本当にそれで勝てると思ってるのか? 相手は血も涙も無い殺人者だ。一瞬でもお前が気を許せば、殺られる可能性だってあるんだぞ?」
「俺たちはまだ彼らの全てを知らないだろ? 彼らにだって良心はあるはずだ」
「そんなものない!! 人を殺すということは、一線を越えるということだ!! 彼らに一般論は通用しない!! 断言する!!」
 何が断言するだ。自分だって人を殺したことなんて無いくせに。しかし、ヒートアップしていた俺がそんなことを冷静に考えられるはずもなかった。
「これだから頭の悪い奴の考えることは……もういい、俺は一人だけでもフラムに勝ってみせる。お前はザルガの前で醜態でも晒すといいよ」
 完全に言い過ぎていた。頭の隅では分かっていたんだ。しかし、引くに引けなかった。自制心がどこかに旅立っていた。
 ライはここまで罵られて、どう思うだろうか。泣くだろうか、怒るだろうか、呆然としたままか。もう俺には関係ない。そこまで言ったら、もう関係は切れたも同然。俺は今まで友達だった者から目を逸らし、踵を返して去ろうとした。


――――今、彼はどんな目をしていた?

「……っざけんじゃねぇぞ!!」
 彼の目は、輝いていた。希望に満ち溢れた、スカーレットの瞳だ。絶望に染まった俺とは対照的な瞳。
 その瞳に吸い込まれるかのように錯覚していた。一瞬だけでも、俺は魅了されていたのだ。
 その一瞬で、強い衝撃が体に疾る。
 彼は俺に殴りかかってきた。地面に倒れこんだ俺に追い打ちをかけ、馬乗りになって殴りかかる。逆光で顔が暗くなっても、真紅の瞳ははっきりと俺の顔が映り込んでいた。なんて情けない顔をしているんだ、俺は。
「お前がそんなに臆病者だとは知らなかったよ!! 俺はリクを買っていた。どんな事態も何なくこなす天才なんだって思っていた。なのに、なんだよそのザマはよ!? 殺されないように殺す? 殺しも知らない人間が、そんなことできるはずねーだろ!? もっと現実見ろよ!! お前は、対処できる問題から目を背けて逃げようとしているだけだ!!!!」


 そんな彼の激励が、今の俺を――変えることは出来なかった。
「……臆病者? 笑わせるんじゃない!!」
 馬乗りになったライを引き離し、蹴りでライと距離を取る。
「言わせておけばゴチャゴチャ言いやがって……仮にそんな甘々な戦法で挑んでみたらどうなると思う? 即、あの世行きだ!!」
「そんなこと、やってみないと分からないだろ!!」
「スロの言ったことが分からないのか? 『自分の出せる全力を出すぞ!』なんて宣う余裕なんて無いはずだ!」
「だったらどうする? 殺すのか? そんな度胸も無い人間が殺しをするのか?」
「ああ!! やってやるよ!! 俺は何だって出来る!!」
「なら、俺がお前を止めてみせるさ!!」

「ヴェント!!」
 俺は地面に『ヴェント』を放った。土煙が舞い上がり、視界が悪くなる。
「くっ……」
 ライは俺を見失った。その隙に俺はライの後ろに回りこんだ。
 力を溜める。今まで試したことのない魔法だ。今まで以上に精神を研ぎ澄まさせる。体に魔力が循環しているのが分かる。俺は体を、心を支配している。貫け――
「上位魔法『ハイ・ヴェント』ッッ!!」
『ヴェント』よりも鋭く、高速に一陣の風がライを襲う。
「ッ!?」
 しかし、俺は感じた。
 その一撃には、何ら殺意が篭っていなかったのだ。
「くっ!! うおぉぉぉ!!」
 ライは俺の不意打ちに気づき、『ハイ・ヴェント』を食らう直前に『何か』を発動させた。
「そんなのアリかよ……」
 彼が放ったのは初級魔法の『ブリッツ』でもなく、彼の創作した魔法『雷球』でもなく。
 雷を帯びた光の壁だった。
「なんだこれ……?」
 その壁は『ハイ・ヴェント』を打ち消すと共に消失した。
 俺は呆然としていた。ライは一体どんな才能を持ち合わせているんだ。それは俺には無い才能なのか。
「ボーッとしてるなんて余裕だな!! 行くぞ! 『雷球』!!」
 ライは立ち尽くす俺に先手を打って攻撃してきた。
 彼の『雷球』が俺に直撃する。しかし、全く威力が無い。そういう魔法なのだろうか。
「『ヴェント』!!」
 俺はライと違って単調な攻撃を続けることしかできない。そんなの、戦いと言えるか?
 ライは俺の攻撃を躱しながら此方に迫り来る。
「どうした!! リク!! 本当に俺を殺す気があるのか!!」
「俺は……俺は……!!」
 俺は躊躇していた。上級魔法『アーク・ヴェント』、それならば全力全開の魔力でライを仕留めることが出来るかもしれない。だが、本当にそんなことが出来るか? ライなら先ほどの防御魔法で回避するか威力を弱めて受けるだろう。しかし、それでもだ。殺意を持った一撃など、親しい友人に向けることができるのか?
 迷っているうちに、ライは俺の目の前にいた。俺はゾッとした。
 ライの目つきが違った。今の彼は、『戦い』をしている目だ。瞳孔が小さく、獲物を仕留める目をしている。
「俺はリクを僻んでいた。勉学ができ、魔法も一流。そんなリクを羨ましく思っていたよ」
「……俺だってライを妬んでる。お前は俺には無い、独創性を持っている。型に縛られないお前のスタイルを、心底羨んでいるんだ」
「ちょっとずつでも、分け合えればいいのにな」
 ライの顔に、少しの悲壮が表れた。
「『雷球』」
 彼は俺の頬に雷球を当てた。そんなもの、痛くも痒くもない。
 彼の表情と、その技の威力がミスマッチしている。……ミスマッチ?
「――アツい」
 雷球の中を動き回る電撃が、徐々に速度を増していく。それは際限なく加速し、色を変え、熱量を帯びていく。
 これはまるで、地獄だ。『地獄の雷球』だ。
「熱い……あちぃよ……」
 皮膚が爛れていくのが分かる。俺の肌から煙が上がっている。
「頼む……降参してくれ……」
 俺は手を上げた。痛みでよく動かない体を鞭打って動かす。
 雷球は発熱を止めない。徐々に俺の体を壊していく。
 彼はやってのけたのだ。俺が出来ないことを。これは、致死性の攻撃だ。
 このままじゃ、俺は命を落とす。かつて友だった者に殺されるのだ。
 初めて、生死を意識した。俺が簡単に言ってのけたことが、どれだけ辛く、おぞましいものなのか肌を持って体感した。
 ライが正しかったのだ。俺は間違っていた。彼は最初から正しかったのに、俺は突き放した。殺されて、当然なのだ。
「――お願いだ……何か言ってくれ……俺は、こんなことしたくない!!」
――――一瞬、ライの魔力がブレた。熱を帯びた彼の雷球が歪んだ。
 刹那の駆け引きだった。
 俺は上げた片手から一筋の風の矢を作り出し、掠れた声で言葉を紡いだ。
『アーク・ヴェント』
 それは彼の頭を貫いた。ライは、その場に倒れこんだ。
 俺は戦いに勝利した。そこに喜びなどあるはずがなかった。

「ん……」
「起きたか」
「アイタタタ……お前の魔法効いたぜ。ってその顔……そうだったな、俺」
「いいんだ。気にするな」
 俺が最後に放った『アーク・ヴェント』は、威力を抑えたものだった。幸い、ライに大きな怪我はなさそうだ。
 俺はというと、ライから受けた『雷球』で顔に火傷を負っていた。まぁ、ホリィ先生の治癒魔法で治るだろう。痕が残るのは嫌だが。
「ライに言うことがある」
「なんだよ、改まって」
「俺が間違ってた。すまなかった」
 俺は深く頭を下げ、謝罪した。
「俺が浅はかだった。簡単に殺す殺さないなんて言ってたけど、ライと戦って分かったよ。命の駆け引きは、簡単にできることじゃない」
 それを聞いたライは、こう言った。
「……違うよ。間違っていたのは俺なんだ。殺さないで敵を無力化することの難しさ、実感したよ。俺は知らずに興奮してリクに殺意を向けてしまったし、そして結局自分の気が緩んで逆にリクに気絶させられた。俺みたいなまだまだヒヨッコが、威力を調整しながらってことをできるはずがないんだ」
「ライ……」
 俺はその後は言わなかった。正解なんて無い。結局俺たちは『自分の出せる全力を出す』しかないのだ。

「そういえば、ライのあれ、名前付けようぜ」
「ああ、どうやってやったのか覚えてないんだけど、もう一回出来るのかな」
「やってみようぜ。まずは最初の光の壁、『雷壁』(プラズマウォール)なんてどうだ?」
「ダサい……」
「文句あるなら自分でいいの考えろよ!」
「はいはい……『雷壁』!!」
 ライが唱えると、彼の周りに薄い光の壁が出来た。それは雷を帯びていて、触れると感電しそうだ。
「おお! 出来たじゃないか!!」
「へへっ……次は、『雷球』みたいなやつか」
「アレの名前はもう決めてあるんだ。死にそうになりながら、頭に浮かんだこの名前――名づけて、『地獄の雷球』(インフェルノ・ライトニングボール)だ」
「中二病!!」
「なんとでも言ってくれ。しかし、あの魔法はすごいな。雷球の電圧を上げる事で生み出すエネルギーを増大させて熱を作っている。科学的にも理にかなっている。無意識でそんな技編み出すなんて、やっぱりライはすごいよ」
「そんな褒められるとなんか照れるな……じゃ、試すか。『地獄の雷球』!!」
 『雷球』が現れ、徐々に熱を帯び色を変える。そして赤い炎を滾らせた、『地獄の雷球』が生み出された。
「やった!! できた!!」
「よしっ! これでザルガ戦の手札が増えたな!!」


「あっ……こんな所に!! ふたりとも、探したよー! って、何その火傷!? 大丈夫なの!?」
 キラが大声を出しながら来たと思えば、俺の顔を見るや否や心配する。
「ちょっとライと喧嘩しただけさ」
「喧嘩でそんな火傷なるはずないじゃん!! ほら、保健室行くよ!!」
 キラに強引に連れられ、保健室に向かう。
 その前に、ライと手短に話をした。
「あと、三ヶ月だ。まだまだ時間はある」
「ああ。俺たちならやれるって信じてる」
「ライに頼みがある」
「なんだ?」
「この火傷が治ったら、俺に創作魔法を教えてくれ」
「……っ!! ああ! 勿論だ!! その代わり、俺には奴らに負けない戦略を教えてくれよっ!」
「当たり前だろ!」
 俺たちは、拳をぶつけあった。


「ふたりとも、何か変わった?」
「そうか?」
「なんだか、男の友情って感じ? ほら、漫画とかでもそういうのあるでしょ?」
「――まぁな。俺とライは拳を交えた仲だからな」


 俺は火傷を治した後、ライとの猛特訓を再開した。



 そして、三ヶ月が経過した。