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Wandering Wondering

Social/Journal

Stage Zero

Zero Academia

Chap.04:五行の光

講義や演習が行われていない時、訓練室は生徒ならば自由に使用することができる。今は誰も練習に使用してないらしく、俺とキラで二人占めといったところだ。
「じゃあ、早速何か魔法を放ってもらおうかな」
 俺はすぐに本題に入った。会話を楽しもうとか、仲良くなろうとか、そういったコミュニティよりも、自分の知識欲が断然優っていた。
 キラもキラで最初からそのつもりだったらしく、軽く頷くとすぐさま位置についた。
「『ファウエル』」
 手から焔が立ち上り、火柱が的を焼き尽くす。
「『アイス』」
 間髪入れず次の魔法を彼女は放った。先ほどと打って変わって凍てついた氷が氷柱状に放出され、まだ熱の残る的を冷却する。凄まじい温度変化で昇華、蒸発した氷柱で辺りが水蒸気に包まれ、それが晴れるとそこには黒焦げになった的だけが忽然と立っていた。
 あそこまで主張するから嘘ではないと薄々思っていた。彼女は今、二属性の魔法を実際に使用してみせた。それが意味するところは何か。これは公にしていいことなのか。下手すると歴史が変わるレベルの問題だ。俺はまともに考えても埒はあかないと判断し、そのままの現実を受け止めることにした。

彼女が今まで使ってみたという魔法は炎、氷、雷。ならば風と土も使えるのではないかと彼女は考えているらしい。いつもの俺なら鼻で笑い飛ばすだろうが、今日は違う。俺もその行く末が気になってしょうがなかった。
「『ヴェント』のイメージなら任せろ」
 キラにヴェントのやり方をレクチャーしたところ、いとも簡単に成功させてみせた。恐らく教え方が良かったのだろう、うん。しかし、ボーデンに関しては全くの素人だ。二人でイメージを考える。
「土が飛ぶって、どんな感じ? 岩塊が飛んでいくのかな?」
「俺は砂が蛇みたいうねっていくのを想像した」
「なるほどねぇ……」
 色々と議論しながら結局は鋭く尖った岩というイメージに帰着した。図書館で土行の本を読めばすぐに分かったかもしれないが、移動する手間が面倒だったので結局頭で捻り出した次第だ。
「『ボーデン』」
 それは呆気なかった。イメージ通りの岩塊が重みを持って、かつ速度を上げて的に砕け散る。俺は確信した。彼女にはセンスがある。まるで魔法を使うために生まれてきたような、そんなナチュラルさが詠唱に現れていた。
 これで彼女は五行全ての魔法が使えるということになる。それが示す意味は何だろうか。彼女は一体、何者なのだろうか。
 俺はますます興味がわいた。実験、というわけではないが、試したいことが泡のように浮かんでくる。俺は無礼も承知で、それらの一部をキラに試すように要求した。

まず、二属性の同時詠唱。先ほどファウエルとアイスを唱えてもらったが、相反する魔法を同時に唱える事ができるのか。キラはためらうことなく引き受けてくれた。
「『ファウエル』『アイス』」
 彼女は両手をつきだした。手の先から魔力がにじみ出て、それぞれ魔法にコンバートされる。左手に炎、右手に氷、それらは一直線に手から飛び出し、絡み合い、赤と青の螺旋を成して的を射抜いた。
 その光景に、俺は心当たりがあった。『合体魔法』。異なる属性の魔導士二人で行う魔法だ。魔力を均等に合わせなければ発動できないため、使用できる者は限られる。使用するのが困難な分、威力もそれ相応になる。二人で魔力を合わせるのはかなり難儀を極める。だが、一人でそれを行えるとすればどうだろう。自分の中で魔力の配分を決めるだけだ。それは容易では無いかもしれないが、他人という不確実なものを媒介するよりは数倍ましだろう。
 こんな芸当が出来るなら、一番気になることも試してもらうしかない。そう、それは――
 五行の同時使用。五属性の魔法を一気に放つことだ。今まで見てきた教科書や文献に、そんな事象は載っていなかった。載っていないということは、載せる必要がない、つまり何も起こらない、または載せることが出来ない、そして誰も行ったことがない。後者二つが俺の心を刺激しないわけがなかった。ライの一件からか、型に嵌まらないことをもっと見つけたい。新たな知恵を、俺は発見したかった。
「キラ」
「何?」
「今ここで、五行を同時に詠唱してくれ」
 危険性など何も考えていなかった。この後俺は、無知は罪だということを思い知らされた。

キラはまたも、断らなかった。キラ自身にも、試してみたいという気持ちがあったのかもしれない。先ほどと同じく、両手を突き出し詠唱を始める。
「『ファウエル』『アイス』……」
 キラの目の前に小さな光が灯る。紅い炎と蒼い氷の光。
「『ブリッツ』『ヴェント』……」
 それぞれの対角線を白い線が結ぶ。そして最後の魔法が詠唱され――
「『ボーデン』」
 俺は嫌な何かを感じ取った。本能的に身体が動く。しかし、その言葉は既に紡がれていた。


 既に、キラの前には五芒星が完成していた。


 まばゆい光が部屋を、学園を、いや、それよりもっと広範囲を包み込んだ。
 目が眩んで何も見えない。聴こえるのは何かの嘆くような音と、金切り声に似た音、そして、キラの悲痛な叫び。
「何、これッ! 魔力が、全てが、吸い取られる!! やめて……ッ!! イヤあああああッッ!!」

 光が、収束する。目の眩みも収まり、ゆっくりと目を開いた。
 視界に映ったのは、気絶して倒れているキラの姿だった。


「兎に角、大事無くて本当に良かったですね。スロちゃんが来るまでゆっくりしてください」
 保健室の養護教諭、そしてクロトの担任を兼任しているホリィ・アンデルセンがにっこりと微笑み、コーヒーを差し出した。俺はそれを啜り、これからスロに何をされるのかボーッと考えていた。
 数時間前、俺は倒れたキラに必死に名前を呼びかけた。気を失っている彼女の返事は当然無く、俺は彼女を担いで保健室に向かった。幸いホリィ先生が在室していたため、直ぐに意識の無いキラを診てくれたのだ。
 クロトは紡ぐ者たち。無から物を作り出し、失った物を再び構築する、謂わば回復魔法のエキスパートだ。その担任であるホリィはそういった知識に精通していて勿論回復魔法も医者に引けを取らない。そのホリィが心配ないと言っているから、一安心だ。
「今キラさんは、体の中の魔力が空っぽの状態。これ以上魔法を使えば命を削ることになっていたでしょうね」
 キラはそこまで魔法を使っただろうか。五行の同時使用前はかなり元気そうに見えたのだが……。

少しすると、スロが保健室に駆け込んだ。
「大丈夫なの?」
 まだ目を覚ましていないキラを目にしたスロがホリィにけしかける。
「ええ、大丈夫よ。ただの魔力枯渇ね」
 そんな話をしていたところ、キラが目を覚ます。
「う、う~ん……ここは?」
「保健室だ」
「えっと、何で先生がいるのかなぁ」
 キラが二人の先生を見て、事の異常性を察する。
「それじゃ、リク君。何が起こったのか説明してもらうわよ」
 スロが真剣な顔つきで言う。どうやらごまかすことはできなさそうだ。
 俺は訓練場に入ってからの出来事を明瞭に話した。複数属性の魔法を扱ってもらったこと、ボーデンのイメトレをしたこと、そして、複数行の同時使用をしたこと。
 それを聞いたスロは、そしてホリィは、目を見開いていた。

二人の表情から、それがどんなことだったのかが窺える。スロがおそるおそる、口を開いた。
「一人で、五行を使用したってこと……?」
「はい、間違いありません。キラ・プロミネンスは五行を一人で同時使用しました」
「ふざけないで!!」
 スロが激昂する。
「あなた達、何をしたか分かっているの? 校則に載っているのを知らないの? 高等魔法、未履修魔法の使用は担当教員の監視のもと使用しなければならないの! しかも五行!? そんなの見たことも聞いたことも……」
 そこまで言って、スロははっとした。そしてホリィがスロに手を当てる。
「私達でどうにか出来る話じゃない。フォグニに相談しよう」
「……そうだね」
 フォグニとは、アトロポスの担任だ。三クラスの担任が話しあうなんて、一体どんなことを……。
「いい、リクくん、キラさん」
 スロが声を震わせて言う。
「このことは、誰にも話しちゃ駄目。友達にも、家族にも……」
 絶対に、とスロは念押しした。余程バレてはいけない事態なのだろう。
「今日はもう帰りなさい」
 俺とキラは言葉に従い保健室を出た。

保健室を出ると、キラが申し訳なさそうに俺を見た。
「ごめんね、私のせいで」
「そんなことないさ。正直、なんであそこまで怒っているのかが理解できない」
「だよね、なんかさっきの先生、いつもと違う感じがした……」
 恐らく、五行というものはタブーとされている魔法か何かなのだろう。だが、どのレベルで禁止されている魔法なのだろうか。世界中に魔導士が蔓延るこのご時世、せいぜい学園内レベルの禁止ではないのか。
 俺もキラも黙りこんでいると、もう帰ったと思ったのか、保険室内のスロとホリィが会話を始めた。盗み聞きはあまり気持ちよくないが、先ほどの話にしこりが残っているため、息を潜めて動かないことにした。

「本当、ラケシスにはろくな生徒はいないのかしら。クロトは楽そうでいいわよねー」
「そんなことないって。それに、さっきの子たちも優秀そうだったよ」
「分かってる。ただ彼ら、優秀すぎて恐ろしいの」
「どういうこと?」
「無尽蔵の知識と異常なまでの状況対処能力を持つリク・アンダーロック。五行全てを自在に操れるキラ・プロミネンス。そして、知識も無しに創作魔法を編み出したライ・ハイディア」
「どうしたの、それが」
「似てるのよ」
 スロは顔を見なくても分かるくらい、悲痛な声をあげた。
「似てるのよ、昔の私達に……」
「……」
 ホリィはもう、返事すらしない。
「私、完璧な合体魔法を使用するフォグニとホリィ。そして――」
 スロは一呼吸おいた。
「稀代の魔導士、ツヴァイ・ツインクロウズ」
「そういえば、彼も創作魔法を専攻にしてたっけ」
「あいつ、基本魔法が使えないの。なのに、魔法名を唱えることもなく、まるで字でも書くかのように、当たり前に魔法を使うのよ」
「そして、いつの間にかいなくなってたね」
「――五行を求めて、ね」

俺は全てを理解した。スロが何故、ライを怒ったのか。キラの五行を咎めたのか。
「もう、好奇心で誰かが消えていくのは見たくないのよ」
 失った者と、ツヴァイ・ツインクロウズという男と、俺たちを重ねていたのだ。
「ツヴァイ、元気にしてるかな」
 ホリィがぼそりと呟いた。
「どうせどっか辺境の国で呑気に過ごしてるわよ。しぶといだけが取り柄の馬鹿」
 それから、スロとホリィは思い出話にふけったいた。彼女らはどうやら魔導学園の同期だったらしい。そんな裏事情を知れたのも収穫だったのかもしれない。
 俺は帰るぞとキラにジェスチャーした。音を立てないようにしてその場を去る。
 結局のところ、五行の正体が分かることはなかった。俺としては残念だったが、スロの心を汲むと深入りはよくなさそうだ。
「もうお腹ペコペコ。お腹と背中くっつきそう。魔力が枯渇するって、こんななんだ~」
 キラが呑気にそんなことを言う。俺はそんなキラを笑ったが、キラに対する謎が頭の片隅に座り込んだままだった。この女は何者なのか。何故、五行を使うことが出来るのか。
「ほら、何か食べて帰ろうよ!」
 キラが夕暮れの商店街を駆けていく。そんな無邪気な姿を見ていると、堅苦しいことは今は忘れていてもいい気がした。


数時間前、アインシュレインにて。
「アーチェ、今の見た?」
「うん、ミラちゃん……じゃなくて、ミラージュお嬢様」
「こんな時にお父さまはなんで遺跡調査なんかに……」
「今の光、凄く綺麗だったけど、何か知ってます?」
「心当たりが……王宮の聖教に関する古い文献に載っていたわ。あれは五行の光。――災厄を招く、邪の光」
「あんなに綺麗なのに、邪悪なんですねぇ。ね、ウォード?」
「……」
「アーチェ、ウォード、頼みがあるの」
「何ですか、お嬢様」
「魔導学園への編入手続きをすぐにして頂戴。勿論、身元は偽装して、ね」
「仰せのままに」
 国中を覆った五行の光。その光が、着実に彼らの運命を交わらせていった。