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Wandering Wondering

Social/Journal

Stage Zero

Zero Academia

Chap.03:図書館での出会い

教えるということは簡単に出来るわけではない。前提として、教える知識をしっかりと理解、把握していることが必要条件である。そしてもう一つ要るスキルが説明力だ。自分がいかにその知識を熟知していても、説明が下手では何も伝わらない。如何にして対象を納得させるかがキーである。
「なあ、リク、どうやったら魔法を出せるんだ?」
 俺だってついさっき、人生で初めて魔法を使えるようになったのだ。まだ知識として固定していない短期記憶を、人に仕込むのは容易でない。それは俺の役目じゃない。それこそ教師が一番の適任者だ。俺に資格はない、だから俺は断ろうとした。
「やっぱりリクくんって、頭固すぎない?」
 後ろで俺達の様子を眺めていたスロが、此方に歩いてきた。また俺に物申したいことがあるようだ。
「今あなた、『俺は教師じゃないからスロ先生に頼め』みたいなこと考えてたでしょ」
 図星なのが少し悔しい。
「教えるっていうのは、一概に『教育する』ことじゃないわ。理解を助ける『助言を与える』ことも教えることよ。そしてそれには資格なんていらない。必要なのは、相手を助けようと思う気持ちよ」
 それはまるで、今の俺のあり方を変えようとするような、隠喩的に重い一言だった。
「高い位置にいる者は、高い位置にいるなりのことをするべきよ。それは支配でなく、分配することだと思うわ」
 確かに傲慢は罪だ。天狗になることが駄目なのはわかってるし、羽目をはずしすぎないようにも注意してきた。だが、何もしないことはいけないことなのか。人のために尽くすとは、どういうことなのだろうか。

スロの言葉に、返事はしなかった。それは正論を言われたことで自尊心を傷つけられたことに対するささやかな反抗だった。その代わり、俺は位置について隣にライを呼んだ。
「まずは身体の内部のイメージをする。魔力を外に出すイメージだ。魔力は自分の中、スフィアに蓄えられている。それを、手を通じて、放出する」
「お、おう」
 戸惑いながらも、ライは俺の姿を見よう見まねしてみる。正直これだけではできているのかわからないが、次のステップに進むことにする。
「次は魔法のイメージ。俺の場合は風だが、ライの属性は何だったっけ?」
「俺は雷だよ」
「そうか。それなら『ブリッツ』だな。稲妻が自分の手から向こうの的に向かって轟くのを想像するんだ」
「分かった――『ブリッツ』!」
 しかし、何も出ない。
「イメージが上手くできていないのかもしれない。そうだな、稲妻とは光のことだ。光は目で追えない速度で移動する。放出するというより、一瞬で射抜くくらいの勢いで試してみよう」
「今度こそ、貫け、『ブリッツ』!!」

その魔法が、的を貫くことはなかった。
「え……?」
 その場で見ていた皆が絶句した。
 『ブリッツ』とは、いや、それに限らず他の雷属性の魔法とは、刹那的に、絶えず移動を続け、その場で静止することはありえない。『ブリッツ』は魔法使用者から対象に稲妻を放射する魔法なのだ。そもそも電気とは移動なしでエネルギーを生み出すことはない。それなのに――
「雷が、浮いてる……?」
 彼の『ブリッツ』は雷の球体を造形し、その場で静止、ホバリングを続け、形状を恒常的に保っていた。名付けるなら『雷球(ライトニングボール)』。そう呼べるものが、目の前にはあった。
「それは失敗魔法よ」
 ざわついていた場内が、スロの声で秩序を取り戻した。
「ライくん、残念だけどそれは『ブリッツ』じゃないわ」
 それは見た目で明らかなことだ。こんな魔法、ブリッツではない。
「これを生み出したのは、あなたのイメージ。どんなことを想像したのか分からないけど、こんなイメージ、捨ててしまいなさい」
 それは初めて見た、スロの冷たい一面だった。どんな厳しい言葉を放っても、その裏には彼女の生徒を思いやる気持ちを感じ取ることができた。しかし、今の言葉からはそんなもの、微塵にも感じ取れなかった。

タイミングがいいのか悪いのか、チャイムが流れた。
「今日の授業はこれでおしまい。明日は一限から教室で座学だから、遅れないようにね。じゃあ解散」
 何のたわいもないホームルームのはずだったが、空気は重く、皆逃げるようにして練習場から去っていった。スロも迷うことなく訓練室から出ていき、俺とライは二人取り残されたような気分だった。
「俺、何か間違ってたのかな」
 ライがぼそりと呟いた。初めて魔法を打てたことで嬉しいはずなのに、その表情は暗く曇っていた。
 俺はあの魔法を見て、何かを感じた。あれは今まで型にはめられてきたものを打開するような、将来性を感じさせるようなものだと思った。それをスロは失敗だと言い放ったが、俺はそうは思わない。
「なあ、俺にもさっきの『雷球』のやり方教えてくれよ」
 俺は自分勝手さに心の中で笑った。
「なんだよ、『雷球』って。だっさいな」
 ライらしい、眩しい笑顔だった。俺はコイツと過ごすこれからの未来に将来性を感じていた。教師に止められようと屈しない、そう決めたのだった。

日は変わり、俺は魔導図書館に来ていた。魔導図書館、それはレイオアム魔導学園が管轄する国内最大の蔵書を誇る図書館で、学園本館と別に建設されている。ここで先日の『雷球』騒動で、スロが失敗魔法だと言った理由を突き止めるつもりだ。
 それにしても、広い館内だ。国内最大蔵書数は伊達ではない。一般教養書から専門書まで幅広く、しかも各属性ごと、魔法の特徴ごとに分けられている。階数は五階にわたり、建物真ん中にある螺旋階段が特徴的だ。エレベーターがないところだけは古典的だと思う。
 長い階段を上り、目当ての本があるであろう階に到着した。雷魔法の応用書、それに『雷球』の正体が載っているのだろうか。
 雷属性のコーナーを見つけ、その中の一冊の本を取る。攻撃魔法の事典のようだ。中身をパラパラとめくってみる。前半のページは基本的な知識や魔法の概要が羅列してあった。ブリッツ、ハイ・ブリッツ、アーク・ブリッツ。それぞれ初級魔法、中級魔法、上級魔法の名前だ。それぞれの違いは出力の違い、そしてそれに伴う付加効果の違いである。どうやって計測したのかは分からないが大体の魔力消費量や電圧が載っていた。正直こんなことには興味はなかった。と、いうか全て知っていることだった。後半は応用の章。ここに求めているものが載っていそうな気がする。そして、俺はページに手をかけた。

途端、何かが弾け飛んだ。まるでページをめくるのを拒絶するかのように、本から、火花のような何かが迸ったのだ。
 そして、無機質な音声が響き渡る。それは恐らく、実際に音が出ているわけではなく、俺にしか聞こえないよう直接脳に送り込むといった類の魔法だろう。
 警告:次の内容を閲覧するには権限不足です
 恐らく、元々本に組み込まれていた魔法だったのだろう。どこかで――恐らく属性検査の際に――読み取った波形が学園のデータベースに登録され、単位取得状況や職種によって閲覧できる内容が制限されているようだ。つまり、身の程に合ったものしか学習してはいけないのだろう。馬鹿げた話だ。俺は雑に本を棚に戻した。
 そうと分かればここに居座る理由は無かった。どうせ、ここで得られることは全て俺の知っている『常識』だらけだ。足取り重く階段に戻ろうとしたところ、本棚の陰から人が飛び出した。
「わっ!」
 ぶつかった勢いで、相手が抱えていた本が床に散らばる。
「あ、ごめんなさい!」
 俺はすぐに本を広い集めて渡そうとした。が、手を止める。
「こちらこそごめんなさい……って、キミ……」
 彼女は綺麗だった。透き通るような髪を持ち、顔も整っている。正直自分の好みにストライクだと言える。
「キミ、リクくんだよね。同じクラスの」
 どうやら同じクラスだったらしい。
「君は?」
「私はキラ・プロミネンス。見たことない?」
 言われてみると、クラスにそんな子がいたかもしれない。あまり印象に残っていなかったが、こんな子がいたとは気づかなかった。

だが、俺が手を止めたのはキラが可愛かったからではない。彼女が持っていた本だ。
「なんで、こんな本を?」
 炎、氷、雷の初級魔法書。それが彼女が手にしていた本だ。
「え、何かおかしいかな?」
 彼女はしらばっくれた。誤魔化そうともそうはいかない。
「魔法は、自分の属性と同じ属性の魔法しか使用できない。どんな魔法のエキスパートも、一属性の魔法しか使えないんだ。なのに、なんで三属性もの魔法を勉強するつもりだ?」
 彼女は少し沈黙していた、が、すぐに口を開いた。
「リクくんを誤魔化せるわけないよね。正直に話すよ。私ね、自分の属性がわからないの」
 それは衝撃の告白だった。
「そんなこと、ありえない」
 俺は言い切った。なぜならそんな前例はかつて今まで無いはずだからだ。少なくとも、俺が見てきた文献にそんな事例は無かった。
「本当だよ。属性検査で結果が出なかったんだから」
「C.T.I.A.の故障だったんじゃないのか?」
「ううん、再検査もしたけど、結局だめだった。先生もどうしようもないからこのまま通すって言ってたもん」
 わけが分からなかった。不変の真理が目の前で崩れ去って行く気持ちを初めて体験した。
「昨日の実技練習はどうしたんだ? 何か魔法を使えたのか?」
 キラは頷いた。
「うん、『ファウエル』と『アイス』と『ブリッツ』が使えたの」
 俺は呆れた。もう考えたくもなかった。目の前の女が適当なことを曰って、俺を試しているのかと思って憤りを感じた。いいだろう。そこまで言うのなら見せてもらおうじゃないか。
「俺に複数の魔法が使えるのを見せてくれよ」
 キラは間髪入れず返答した。
「いいよ。見せたげる」
 彼女の言葉には、妙に自信が溢れていた。