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Wandering Wondering

Social/Journal

Stage Zero

Zero Academia

Chap.02: 風を撃つ

入学初日にして、今や俺は学園の有名人だった。
「ねえ、見て。あの人って首席の……」
「本当だ! サインもらっとこうかなー」
 アイドルかと言わんばかりの待遇。こんなことがいつまで続くのだろうか。みんな俺を見上げ、恐縮する。俺は普通でいたいのに。学園生活に慣れる頃にはそんなくだらない扱いも無くなっているだろうと信じ、自分が謙遜することも次第に無くなっていた。
 さて、今日は最初の授業ということで担任の自己紹介から始まるみたいだった。少しずつ周りで会話する者も出てきたが、俺は未だ孤立したままだった。
「皆さん、はじめまして。私はラケシスの担当教員になったスロ・インプルペイサーよ」
 眼鏡をクイッと手で押し上げながら彼女は言った。歳はそんなに老けていない……少し歳の離れたお姉さんってイメージだった。
「何よ、リク・アンダーロックくん。その品定めするような目は。私はそんな軽い女じゃないぞ」
 クラスが笑いに包まれた。どうやらこの女はめんどくさそうだ。関わらないが吉かもしれない――
「お前、カタブツだと思ってたけど、案外そういうことも考えるんだな!」
 ――初めて他人から話しかけられた。彼はターバンを頭に巻いた。黄色の男。

 それは、俺の人生の行き先を決めた、二人の、そしてみんなとの関係の「はじまり」だった。

「俺はライ・ハイディア! お前は?」
「リク・アンダーロック……って知ってるだろ」
「あー、そういえばそうだったな! よろしくな!」
 彼は俺を特別視していなかった。首席の俺を同じ視点から見つめていた。いや、彼もまた自分を学園の主人公――『選ばれし者』だと思っていたのだろうか。俺には真意は分からないが、もしもそうだったならおかしな奴だ。
 担任のスロはオリエンテーションを始めた。この学校の授業の実施方法、単位の取り方、実技授業の説明、魔道図書館の利用方法――それはそれは退屈な説明だった。隣の席のライは終始爆睡していた。
 そしてオリエンテーションの後、実技授業のための予備授業が始まった。
「初日からこんなハードな内容でゴメンなさいね。この後に昼食の時間があるから、それまで頑張ってください」
 スロは一言謝り、ため息の続く教室を背中に授業を進めた。
「今日から、もう魔法を放つための訓練を行ってもらいます。魔法を使うために必要なものは何だと思う?じゃあ……リクくん、せっかくだから答えてみようか」
 この教師はやたらと俺に絡むのが好きらしい。まあ無理もないことかもしれないが。魔法を打つのに必要なこと、簡単な質問だろう。
「それは魔力です。体を動かすのに体力が必要なのと同じように、魔法を使うにも魔力が必要です」
 スロはニコニコ笑っていた。
「はい残念! 魔力があったって、これを持たなければ魔法は放てないの」
 彼女は一文字ずつ、唇を動かした。俺は思わず生唾を飲み込む。
「それはね――想像力(イメージ)よ」

そんなの、詭弁だ。それは精神論であって、論理的でない。
 俺は反駁しようとした。しかし、スロは先んじて言い放った。
「あなたの言いたいことは分かってるつもりよ。物事は科学的に解釈されるべきね。でも、「魔法」というのはそんなものじゃあない。あなたは入試でいくつか科目を解いたね? 化学? 力学? 数学? 生物学? あなたは今まで事象を物理的に理解してきたに違いないけど、魔法で行われることは証明できた? なんで物体が宙に浮かぶの? なんで種もなく火が起こるの?」
「それは風魔法から起こる風力を重力と相殺したり、酸素との化学反応で……」
「口説いわ」
 俺の必死の反論は、たった四文字で制された。
「あなたが言っているのは結果論。なぜ無から風が起こるのか、物理論では考えられないでしょ。……それを考えるのが魔法論よ」
 俺は思い知らされた。――この学園では今までの常識はまるで通用しない。
 首席だからといって天狗になれるわけがなかった。これから蹴落とされていくのは、魔法の実力の無い者達だ。座学だけではなんともならない、真の才能が試されるのだろう。
 俺は今、どんな顔をしているのだろうか。悔しがっているのだろうか。悲しいのだろうか。
「いいね、その顔」
 スロは言った。
「頭だけじゃなさそうね。その心意気で、しっかり魔法学にも精通しなさい」
 言われて気づいた。俺は昂ぶっていた。今までも努力でどうにかしてきた。俺は自分の出来ることを、全力でやるまでだ。

「しっかし、よくあんな口論するよな、初日から」
 束の間の昼休み、俺はライと昼食を食べていた。
「絶対マークされてるだろ、問題児として」
 風紀や態度の面で落第は、死んでも避けたいところだ。
「これからはスロ先生の前では大人しくしとくよ」
「それがいいな」
 食堂、というよりはカフェテリア。人の数はお昼時の生徒でごった返しているものの、施設自体は最先端、シャンデリアが下がっていたらより映えるだろうが、そこまではしていないらしい。
「設備が良すぎて、無駄遣いじゃないかって思うくらいだよな」
 ライがぼやいた。それに俺は、特に考えることもなく、率直な意見を述べた。
「これを使うのに値する人間かどうかってことだろ」

実技授業ではいくつか注意事項があった。
 人に向かって魔法を放たない、設備を壊さない、魔力を使いきらない、などがある。
 先ほどの授業でスロ先生が言っていたことを思い出す。
「さっきリクくんが言っていたように、魔法を発動するには魔力が必要よ。イメージを現実におこす燃料みたいなものね。個人差があるものの、魔力には限界があって、使った後は休息が必要よ。ただ、体に反動は来にくいから、使いすぎないのが注意ね。使いきると意識飛んじゃうよ」
 サラッと恐ろしいことを言っているあたりが印象に残っていた。
「学園内で人に向かって魔法を放つことは絶対ダメよ。最低でも謹慎処分になるわ。まだ魔法を学んでいる段階で魔力を行使するのは危険だから。魔法が暴発して対面していた人に重傷を負わせたケースもあるし、最悪、命を奪うことになるね。進級したり単位を取得するにつれて制約も緩くなっていくんだけど、今のうちはまだ言われたことしかしてはいけないと思った方がいいわね」
 魔法を使うということは、その責任を負わなければならないということだ。その責任を負う能力が無い者に魔法を使う資格などない。それは当然のことだ。

実技授業のために生徒は魔法訓練室に移動した。訓練室にはいくつか仕切りがあり、直線距離約30m程の的が前後にスライドするような構造をしている。丁度、射撃訓練に使用される訓練室に似たような部屋だった。
 整列した生徒に対し、スロが説明を始めた。
「皆自分の属性は分かってる? 今日は初級魔法の練習をしてもらいます。初級魔法には基本5種類、例外を含めると7種類あるんだけど、リクくん分かる?」
 こういう質問を俺に当てるのは何故だろう。不満はあったが、また口論になると面倒くさいことになる。仕方なく俺は回答する。
「『ファウエル』『アイス』『ヴェント』『ブリッツ』『ボーデン』あとは『セイクリッド』と『ヴォイス』ですね」
「そう、その通り」
 スロは回答に満足したのか笑顔で説明を続けた。
「魔法っていうのは、形を保つのは難しいわ。抽象的で、流動的だから。だから、イメージとしては、元素が的に向かって放射されるのをイメージしなさい。そして、魔法名とそのイメージを紐付けるの。何度もそれを繰り返すうちに、その魔法名を唱えるだけでイメージが想起されて魔法が発動するようになるわ」
 理論的には発動までの仕組みと手順は解った。しかし、スロの言うことは、まるで人を機械かのように、ただ命令を記憶――プログラムするかのようであることが気にかかった。
(説明通りにすればそうなる、か。まるで別のイメージが混ざりこむのを避けているかのようだな)
 少し頭にしこりが残りつつも、俺は魔法の練習に取りかかった。

「俺の属性は風。魔法は『ヴェント』。突風を、風から生まれる一閃を、的に向かって放出する……」
 イメージは上手くいった。しかし、何も起こらない。行き詰まってしまった。
「主席のリクくんでも、はじめは上手くいかないものね」
 スロが後ろで俺の様子を観覧していたみたいだ。振り返ることもなく俺は吐き捨てる。
「努力でどうにかするタイプなんで」
「素直になればいいのに……。一つアドバイスすると、イメージだけでどうにかなるはずはないわ。それだけで魔法が発動しちゃうなら、日頃の妄想だって現実になっちゃうでしょ?」
 下品な女だ、と率直に思った。
 しかし、考えるところはあった。イメージを何かに繋げないと魔法を発動することはできないのだ。そして、魔法にはある重要な制約がある。――自分の属性と同じ属性の魔法しか扱うことができない、ということだ。つまり、自分の属性、胸に秘めたスフィアにこそ、鍵はある。
(魔力という燃料に化学反応を起こして放出する。その触媒になるのがイメージ。魔力を自分から外に出さないと)
 深呼吸をして、心を無にする。自分に内部に意識を集中し、手を前に押し出す。その手には自然に力が入っていた。
(魔力を外側に取り出す感じで、イメージを触媒に、化学反応を起こす……!)
『ヴェント』
 俺は一言、呟いた。

その声を引き金に、自分の手から突風がほとばしる。反動に驚いて体勢を崩しかけたがなんとか持ちこたえた。突風は自分の手から直線的に的に向かっていき、それを貫いた。
 そう、俺は出来たのだ。魔法を、『ヴェント』を詠唱できたのだ。
「おめでとう」
 後ろにいたスロが拍手しながら喋りかけた。
「まさかあれだけのアドバイスで魔力の放出が出来ちゃうなんて、予想してなかった。もっと悩むだろうと思ったけどさすがは首席ね。ほら、周りを見て」
 俺は辺りを見渡した。皆が試行錯誤しながら、魔法名を唱えてみたり、手を突き出してみたり、どうにか魔法を発動させようと努力をしていた。
「あなたが一番乗りよ、リクくん。それは誇っていいわ」
 なんだかんだで、スロに認められた気がした。意外と悪い気はしなかった。
「ただ、これで慢心しちゃ駄目よ。確実に『ヴェント』を発動できるように、もっと練習なさい」
「わかりましたよ」
 俺はこの先、一流の魔道士になることが出来るのだろうか。そんなことはまだ分からない。――だが、今できることをするだけだ。
『ヴェント』
 その魔法の言葉が道を示してくれる。まっすぐ目標を射抜く風の刃。誰よりも早く、目標へたどり着くんだ。

「リク~! どうやっても何も出ねーよ!」
 ライが疲れた顔で助けを乞うてきた。正直俺に魔法を教える自信はない。鬱陶しがってスロに委ねようとしたが、スロは遠巻きで眺めているだけだった。やれやれ、とため息をつきながら打開策を考えることにふけった。