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Wandering Wondering

Social/Journal

Stage Zero

Zero Academia

Chap.01: はじまり

人生には終わりがあり、始まりがある。人生は言わば物語であろう。一人の人間が生まれてから死ぬまでを綴った物語、そう考えると些か風情のあるものだと思わないだろうか。
 諸君らは今、「始まり」の地点にいる。「始まり」は一つではない。万物に始まりと終わりが存在し、朽ち果て、土(スフィア)に還る。今立っている地点は長い人生の「始まり」の一部。その「始まり」が「終わり」を迎えるまでに、諸君らが残せるものは何なのか。それを忘れずに、これからの物語を読み進めてほしい。――そう、まだ物語は始まったばかりだ。

「学長からの挨拶でした。――続いては、生徒代表挨拶。リク君、前へ」
 ああ、緊張する。鼓動の高鳴りが耳にまで聞こえる。本来なら体の震えが止まらないんだろうけど、今日は違った。この清々しい感覚、気持ちいい。クセになりそうだ。緊張で少し汗をかいているけど、口元は自然に緩んだ。
 周囲の人間が自分を羨望の眼差しで見つめる。今ここにいる人間、全員がだ。人の注目を浴びるのは少し恥ずかしいが、それをも優越感が勝る。それほど、自分の勲章は誇りであり、讃えるべきものだ。
 壇上に上がり、その風景をじっくり眺める――絶景だ。それはどんな名山の頂上の景色よりも、テラスからゆったりと見るベイサイドビューよりも、綺麗で、壮大で、鮮明で、極上だ。
 と、余韻に浸りたいところだが、役目は果たさなければならない。それが「選ばれしもの」の使命であり、褒美だ。
 深呼吸を二回、そして声帯を震わせる。
――入学試験首席、リク・アンダーロックです。この度はこの国、アインシュレインでも屈指の学校、レイオアム魔道学園(アカデミア・フォン・レイオアム)に入学できることを光栄に思います。先ほどの学長の言葉、深く心に染み渡りました。我々新入生一同、このレイオアム魔道学園、そしてアインシュレインの名に恥じない、一流の魔道士になることを誓います。ご静聴ありがとうございました――
 拍手喝采、その音が自分の耳を覆い尽くし、鼓膜を震わせ、形容しがたい快感を生んだ。
「以上、新入生代表挨拶でした」
 昂ぶりの冷めないままステージから降りる。今日の自分の出番は終わった。――しかし、これからは自分が「主人公」として学園生活を楽しむのだ。今日はその導入。導入としてはかなり良い出来栄えだったと自負できる。
 他の新入生はどうなんだろうか。それは自分を引き立てるための役割。今、世界は自分を中心に回っている。この名門「レイオアム魔導学園」に首席入学した時点で未来は確約されているといっても過言ではない。そう、俺の未来は、光に満ち溢れていた。

ビヴロスト――この世界はそう呼ばれている。この世界の歯車を回しているもの、それはスフィアと呼ばれている。スフィアと一括りに言っても種類は多いが、この学校で扱っているものは「魔法」としてのスフィアだ。これを使せるか否かは人生を二分する。例えば火を起こす。例えば物を壊す。例えば物を作る。あらゆる行程において、スフィアを使うことの出来る者が優位に立てる。そんな世の中だ。レイオアム魔導学園はアインシュレイン国の国立魔導学園だ。アインシュレインの首都レイオアムに位置するその学園は入学条件が厳しいが、卒業後の進路が安定しており、入学が決まった時点で言わば出世コースだ。そのため上に上がるには努力を要し、学内は実力社会が形成されているのだ。
(そんな中、俺はトップ。つまり、俺が今ピラミッドの頂点に君臨しているってことだ)
 俺は天狗になっているのかもしれない。入学式で挨拶を任されるということは、自分が入学試験の首席であり、同年代の中で一番優れているということだ。だが、本当にそうなのだろうか。実をいうと少し不安があった。国立学校であるこの学園の入試問題は国家が作成している。俺――リク・アンダーロックはその試験で見事一位を獲得した。確かに自分でも記憶力には自信があるし、処理能力も普通の人より優れている気もする。でも、持ち合わせていないことも多い。リーダーシップはないし、人を引きつける能力なんて持っていない。人の上に立つことは気持ちのいいことだけども、人の上に立っていいのかまだ疑問がある。さっきの演説も、少し夢を見せてくれただけではなかろうか、そんな気さえしていた。
 だからといって折角手にしたこの地位、毛頭譲る気はない。俺が本当に「選ばれし者」ならば、天(スフィア)は俺に味方してくれるはずだ。

入学式自体は終わったが、新入生はまだ拘束を解かれることはない。というより、寧ろこれからがメインイベントだ。今からあるのは『属性検査』。この検査を受けることではじめて、自分の属性スフィアを知ることが出来る。属性とは元々、自分の心に宿るものだ。属性は、各個体の個性を、複数の側面から限定した個数のジャンルに分けたものだ。具体的に言えば、基本五行と呼ばれる『炎』『氷』『雷』『土』『風』。それに正負二行と呼ばれる『正』『負』。また、まだ未完成ではあるものの、近代に突入してから開発された、近代五行と呼ばれる属性も存在し、全部で十二種類の属性がある。属性には相性があり、その相性から惹かれやすい人がいたり、喧嘩になりやすい人もいる。そういった日常的なことから、敵の相性を把握した上で強襲するなどの戦闘的なことにも応用がきかせることが出来る、スフィアを学ぶ上で欠かせないものだ。
 長々と羅列しているが、つまりは属性を知って、自分の使える魔法も知る、これが主である。

検査に使用する、C.T.I.A.(属性特定用脳神経接続端末)とかいう長ったらしい名前の機材がある。これは一般にシーティアとか、眼鏡みたいに目にかけて使用するので単にゴーグルとか呼ばれている。それを通じて属性を体外に複製することによって属性を判断できる。
 この時魔法の潜在能力も属性に現れるため、クラス分けも行われる。
 検査所に移動して、自分の番が回るまで何をするということもなく、待ちぼうけた。それもそのはず、入学した初日、仲の良い友達などいるはずもなく、みんな一人ぼっち。時折コミュニケーションを取ろうとしている人もいるが、そこまで話が盛り上がることもなく、話の種も無くなり、いつしか沈黙。そうなるのも無理もない。とにかく皆早く自分の属性を知ることで頭がいっぱいだった。

「次、リク・アンダーロック。C.T.I.A.を装着せよ」
 漸く自分の番が回ってきた。教員からC.T.I.A.を渡される。重量は思ったより重くなかった。流線型のいかにも最先端の機械なので、落とすと危ない。慎重に装着する。
 もうひとつ属性検査において知っておくべきことがある。属性検査で何故潜在能力を知ることが出来るのか。それは、C.T.I.A.を使用しているときに起こる現象、C-QaA(無意識下質疑応答)によるものだ。C.T.I.A.を使用していると、視界に幻覚が例外無く現れる。それは何者か分からないが、それが質問を絶えず行うのだ。自分が無意識のうちにそれに回答――答えを念じることでC.T.I.A.に使用者の知識や記憶が蓄積され、それがやがて潜在能力になっていく。
 潜在能力で判別できるのは、魔法の得手不得手。魔法使用者にもどんな魔法が得意か不得意かがもちろんある。それは攻撃魔法だったり、補助魔法だったり、それを決めるのは性格は個性、つまり潜在能力なのだ。学園はその潜在能力ごとに三つのクラスを用意している。紡ぐ者――クロト、維持する者――ラケシス、破壊する者――アトロポス。どのクラスに配属になるかが、この「属性検査」で決定する。一見どうでもいいことのようだが、これは意外と重要なことだ。このクラスは在学中はずっと変わることはない。そしてクラスによってカリキュラムが全く違ってくる。既にこの検査の段階で未来の選択肢が収束していくのだ。だからこそ、この検査結果を蔑ろには出来ない。結果を真摯に受け止め、未来を慎重に吟味しなければならないのだ。

目の前が暗闇に堕ちた。検査が始まったのだろう。何かが眼球を通じて脳内に入り込んだ気がした。と、視界が唐突に切り替わる。――それは過去の自分の姿。己の過去と向き合うことで、自分の本質が分かる。
 K――俺の出自を表す文字。俺の本名はリク・ナイトライダー・アンダーロック。本来この出自は名乗ることはない。それを知れるのは、家族、恋人、気の置けない友人など、親しい間柄の者のみだ。ナイトライダー、それは文字通り騎士を表していた。数代前まで騎士を本職にしていたらしい。しかし、最近の文明の発達からか、父や祖父の頃は既に機械工をしていた。どこにでもある、普通の家系。別に嫌じゃなかった。努力すれば成績だって伸びたし、運動も不便なくできた。それが実を結んで、今ここにいる。
 問いかけが耳から離れなかった。何で家業を継がなかったのか。幼いころの体験は覚えていないのか。本当に出自にコンプレックスを抱いていないのか。自分の出自を誇ることができる男になりたいのではないのか。そんなの、決まってる。
「俺は、自分の出来る範囲のことをしたまでだ」
 視界が眩み、再び暗闇に閉ざされた――問いかけが止んだ。
 測定結果が紙に印字される。教員はそれを二つ折りにして俺に渡した。それを受け取り、急いで検査室から出るように促された。

正直、どのクラスに配属になるかなんて、なんとなく予想はついていた。自分の性格くらい自分で分かってるつもりだ。俺は喧嘩なんて向いてないし、何かを創りあげるのも向いてない。俺はためらいなく紙を開いた。
リク・アンダーロック――属性:風 クラス:ラケシス
 ラケシス――つまり、維持者。人の力を測定し、維持したり補助をする魔法を専攻とするクラス――いわば、バランス型だ。  やっぱりか、と安堵した。アトロポスやクロトでないとも言い切れないから少しは不安もあったが、それも消し飛んだ。属性も、そこまで驚きはない。属性は遺伝によって決まるから、祖父母の代からほぼ四択で決まる。稀にもっと上の代の遺伝子が混ざることもあるが、極めて異例だ。俺の場合父が風属性のため、理にかなった結果である。
 これでやっと、プロローグ――物語の始まりが終わる。これからが本当の『学園生活』。多分ラケシスのクラスメイトと仲良くなるだろうし、テストでもいい点を取るだろう。少し天狗かもしれないが、最初のうちは強気でいたい。薔薇色の学園生活を夢見て、内心少しはしゃいでいた。

 しかし、この学園生活自体、まだまだ物語の「始まり」に過ぎなかったのだ。