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Wandering Wondering

Social/Journal

剣士志願者の聖譚曲

The Knight's Oratorio

囚われの少女-Exorcise-

飛び出してきたのは猪形をした魔物、魔猪(パイア)だった。
 パイアは通常の猪の倍程度の図体を持ち、肥大した牙を口元から覗かせながら突進して攻撃してくる。並外れた脚力を持ち、普通の人間ならぶつかると吹き飛ばされてしまう――
「ぎゃぁ!!」
 速攻でアルフレッドが吹き飛ばされる。剣の腹を使ってうまく防いだつもりだったようだが、その程度で勢いを殺すことはできなかったみたいだ。
「馬鹿! 受け止めようとするからそうなるんだ!」
 ガイは身軽にパイアの突進を避ける。
「こいつの動きは単調だ! 動きを見極めるんだ!!」
 再び一頭のパイアがアルフレッド目がけて突進する。それをアルフレッドは首の皮一枚で躱す。
「どうやって倒せばいいんだ……」
「――こうする」
 突進するパイアを前にシンシアが体勢を低くする。
 彼女は短刀を構え突進するパイアの足元に滑りこませる。
「そうか! 突進の勢いを利用して!」
 足元の刃で脚を失ったパイアは一瞬宙を舞い、大地に放られた。脚を失った今もなお懸命に地面を駆けようともがいている。
 シンシアはじたばたもがくパイアに近づく。そして彼女は無言でパイアの首元に短刀を突き立てた。パイアの首から血が吹き出し、必死にのたうち回っていたその身体が動かなくなる。シンシアはそれを見届けもせずに踵を回らした。
「まだ魔物は残っている。気を抜くな」
 呆けていたアルフレッドにシンシアが静かに喝を入れる。
 アルフレッドはシンシアの戦いぶりに見とれていたみたいで、
「――ほんとに弓使いなんですかね」
「短剣を使える弓使いがいたら悪いか」
「寧ろ歓迎です」

そんな会話をしていると、ガイが後ろから声をかけてきた。
「アル、魔物を引きつけてくれないか?」
「さっき受け止めようとするなって言ったばっかりじゃん」
「いい考えがある」
「本当なのか……」
 しぶしぶ、アルフレッドはその役を引き受ける。
 アルフレッドがガイの前に出て、とりあえず剣を振り回してみる。アルフレッドの姿を捉えたパイアたちは同時にアルフレッドに突撃してきた。
 このままじゃまずいと、アルフレッドは後ろを向いて走りだした。
「ガイ!! 大丈夫なのか!?!?」
 勿論アルフレッドよりもパイアの方が足が速く、その距離はすぐに縮まり、
「どけ!! アル!!」
 アルフレッドは側方に身を投げだした。パイアたちの目の前にガイの姿が現れる。
 彼は片手を突き出し、文言を紡いだ。
『命燃やす魂に潜む炎よ、血肉滾らせ業を焼きつくせ! 焔!!』
 一閃――
 ガイの手からパイア達まで一直線状に細い赤き軌道が描かれたかと思うと、その軌道上で連続的に爆発が起こる。巻き込まれたもの――パイア達は一瞬にして焼き尽くされた。

「――火事にならなくてよかったな」
「うるさい」
「いい考えとか言って、無理やり範囲魔法の範囲内に魔物を誘導しただけじゃないか?」
「そうですよ!! 愚策でした!!」
 シンシアに皮肉を言われるガイ。
「……」
「どうした? アル?」
 アルフレッドは数瞬沈黙した後、口を開いた。
「……これが、魔法……」
「そうか、まだ魔法を見たことが無かったんだな」
「すごい……かっこいいよ! ガイ!! 君、本当に魔導士だったんだね!!」
「疑ってたのか?」
 少しムッとしたガイだったが、アルフレッドの無邪気な顔を見ていると、そんな気持ちも鎮まっていったみたいだ。
「ん? あれって……」
 アルフレッドがある場所を指差した。
 その先には、おそらくシンシアの物であろう、弓と矢筒が落ちている。
「!!」
 シンシアはそこへ駆け出した。
「良かった……本当に……」
 シンシアはそれを強く抱きしめた。目には涙が溜まっている。
「よっぽど大事なものだったんだな」
「ああ。命と同じくらい、大事なものだ」
「戦いで動き回ったからこの場所にも来れたのかな。ともあれ、見つかって良かったです」

「しかし、やっぱりおかしいな」
 ガイが呟いた。それに対してシンシアも肯定する。
「そうだな……こんな場所を魔物が徘徊するなんて普通あり得ないだろう?」
「でも、魔物は退治したし……」
「それでもその根元を叩かないと意味はない。また何匹も湧いてくるぞ」
「そうなのかぁ……」
「やっぱり、魔族なのか……」
 シンシアが言った。
 ガイは何も言わなかった。だが、考えていることは分かった。
 魔族を倒さないといけない。
「まずは魔族がどこにいるか情報を集めないと」
「酒場に行こう」
 二人は頷いた。
 それには再び魔物に襲われる危険性のあるこの場にあまり長居したくないという意志も込められていた。
 シンシアの弓矢を見つけるという目的を果たしている。もう此処に用のない三人はその場を後にした。

酒場には自然に情報が集まってくる。依頼を発注したり、引き受けたりする者が行き交うからだ。
 冒険者にとって、酒場とは活動の拠点となる場所なのだ。
「何か依頼は増えているか?」
「うーん……国軍が出している依頼は増えてないなあ」
「それじゃ、聞き込みしよう!」
 アルフレッドが意気込む。
 見ず知らずの人間と会話して情報を交換したり、親睦を深めてパーティに誘ったりする、それは酒場では何も珍しくない光景である。
 寧ろそれこそが冒険者が上手く生きていく術でもあった。
「ちょっといいですか?」
 丸テーブルを囲んで座るパーティにアルフレッドが話しかける。
「なんだ?」
 厳つい面構えをした戦士の男が振り返った。
「探している魔物がいるんですけど、こんな魔物って知ってます?」
 アルフレッドは魔族の特徴を述べた。漆黒の翼、毛深い身体、巨大な巻いた二本の角、細長い瞳孔――シンシアから聞いた情報だ。
「いや、知らないな」
 他のパーティメンバーも首を振っている。
「そうですか……ありがとうございました」
「おう、何か知らないが頑張れよ」
 アルフレッドは会釈してテーブルから離れた。
 程なくガイとシンシアも戻ってきた。二人も同じように聞き込みをしていたようだが、彼らの浮かない表情から、有益な情報は得られなかったことが読み取れた。
「思ったより難航しそうだなぁ……」
 ガイは頭を抱えた。
「考えてもしょうがないよ」
「そうだな……。もうこんな時間か。今日はもう切り上げるか」
 ガイは時計を見ながら言った。外は恐らく日も暮れている時間になっていた。
「とりあえず食事にするか」
 空いていたテーブルを陣取って三人は座った。
「実はもう倒されていた、とかないかなぁ」
「さっき魔物を倒したばかりだろう、絶対どこかに潜んでいるはずだ」
「根を詰め過ぎじゃないですか? 食事の時くらい、気を休めましょうよ」
 すると、きゅーっと音がした。……シンシアのお腹が鳴ったようだ。
「……それもそうだな」
 シンシアは顔を赤くしながら小声で言った。

アルフレッドはメニューから適当に何品か頼む。
 タンドリーチキン、フィッシュアンドチップス、スモークチーズ、シーザーサラダ……
 厨房の方からマスターが料理を運んでくる。
 ――この店にはマスター一人しかいないのだろうか? 店内にはマスター一人しかいないが厨房には誰かコックでもいるのか?
 そんなことをふとアルフレッドは考えていた。
「はい、お待ちどう」
 余程空腹だったのか、ガイとシンシアは競い合うように料理を貪る。
「おい、お前魚一匹多く食べただろ?」
「シンシアこそチーズ半分も取ってるんじゃねーよ」
「わ~~、二人共喧嘩しないで! シンシアさんもフライあげますから落ち着いて! ガイもチーズくらい我慢して!」
 食べ物のことになると見境のなくなる二人を終始アルフレッドが宥めていた……

そんな休息の一時は突然終わりを迎えた。
「すまない! 依頼を発注してもいいかね!?」
 一人の男性が慌ただしく酒場に駆け込んできた。
 その男に三人は見覚えがあった。
「ヨーハンさん……?」
 男はヨーハン・アウグスト――今朝三人が世話になったアウグスト大聖堂の司祭だった。
 彼は走ってきたのか、息を切らしてマスターの元へ歩いていく。祭服を着た男のただ事ならない様子に、酒場にいた者はみんな彼に注目していた。
「捜索依頼を出したい……娘が、帰ってこないんだ」
「帰ってこない? どの位の間ですか」
 マスターが尋ねる。
「今朝からだ。毎日明け方と夕暮れに礼拝をするのだが、その時間帯に帰ってこなかった。娘は生まれてから一日も礼拝を欠かしていない。帰ってこなかったなんて今まで一度も無い」
 その話を聞く限り、酒場の冒険者たちはあまり深刻そうには思っていなかった。一日帰ってこないなんて年頃の娘にはありがちなことだ。ただの親の過保護だと笑い飛ばす者が大半だった。
「……娘さんの名前は何というのですか?」

「――ミーナ。ミーナ・アウグストだ」

 酒場が一瞬、沈黙に包まれた。
「なぁ、神父さん。今、ミーナ・アウグストって言ったか?」
 テーブルに座ってた男が、席を立ってヨーハンに尋ねた。
「ええ。ミーナ・アウグストです」
 酒場の中がざわついたのを、アルフレッド達は見逃さなかった。
「ミーナ・アウグスト。俺は彼女を知っている。いや、僧侶なら知らない奴なんていねぇよ……」
 その男は僧侶のようだった。続けて、他のテーブルの女性が声を上げた。
「私も知ってるわ。ミーナさん。彼女、魔法学校の同期だったから……今もあんなに有名だし……」
 女性が言うには、ミーナはそこそこ名の知れた冒険者らしい。他の男性も続けて口を出す。
「噂に聞いたことあるぜ。彼女、依頼を受けてはすぐに解決し、また依頼を受けて、毎日その繰り返しだって」
「それじゃ、今日も何か依頼を?」
 マスターが受注済みの依頼リストを次々と探る。そして、ある一つの文書を見つけ出した。
「間違いない。今日、彼女は一つの依頼を受けている」
 彼らは目を見合わせ、口をそろえてこう言った。
「彼女、何か大変な事件に巻き込まれてるんじゃ……」
 アルフレッドはマスターの元に駆け寄った。
「マスター! それ、場所どこになってます!?」
「……時計塔だ」
「ガイ! シンシアさん! 行きますよ!!」
「まだ食事の途中……」
「そんなこと言っている場合か!!」
 チキンを頬張っているガイをシンシアが引っ張っていく。
「アルフレッド殿、ガイ殿、シンシア殿、頼みましたぞ!!」
 三人が酒場から出て行く――そこで、シンシアだけがドアの手前で立ち止まった。
 シンシアが振り返り、酒場の冒険者に呼びかける。
「その、今から行くところにはとても強い魔物がいる。誰か一緒に戦ってはくれないか?」
 その言葉に、快い返事はなかった。
「あのミーナがヤバいかもしれないってのに、俺たちが行ったところでどうにかなる話じゃ……」
「あなた達も危ないからおとなしくしてたほうがいいんじゃないかしら?」
 シンシアは絶望した、と同時に納得もした――やはり、他人は頼るべきものではない。
 彼らが最優先することは保身なのだ。それは痛いほど分かっていたことだ。
(少しでも縋ろうとした私が馬鹿だったんだ……)
 シンシアは無言で酒場から出て行った。

酒場に残されたヨーハンは、アルフレッド達を見送ると酒場の冒険者たちに気持ちをぶつけた。
「あなた達は、どうして助けようとしてはくれないのですか!? 一人でも多い方が戦いやすくなるはずだ!!」
 しかし、想像もしなかった答えがヨーハンには返ってきた。
「神父さん、俺達だって助けられるものなら助けたいさ。俺たちは人々を助けることで生きていっているのだから。でも、どうしても無理なことだってある」
「どうしても無理? そんなことがあるものか!」
「神父さん、あなたもしかして……」
 ヨーハンは気付かされた、その一言によって。
「――娘さんのこと、何も知らないのか?」
「――ッ!! 私は……私はっ……」
「教えてやるよ。ミーナ・アウグスト、彼女は――」

「彼女は、一年間で上級職まで上り詰めた史上初の人間――天才だよ」

…………。
……。

空には月が上っていた。欠けたところのない、完全な満月。そしてそれは紅く染め上がり、妖しげな灯りを下界に注いでいた。
 周辺は沈黙に包まれ、まるで何者の気配も感じられない異常を四人は直ぐに感じ取った。
「おかしい……辺りに人の気配を感じない」
「丑三つ時でもあるまいし、こりゃ魔物が絡んでるな」
 アルフレッドは、この現象に既視感を覚えていた。
「これは……魔族の仕業だ……思い出した。俺は知ってる、魔族のことも――彼女のことも――」
「なんだよ、アル。どういうことだよ?」
「俺は、剣士になる前――ほんの二日前だけど――魔族に殺されかけた」
「なんだって!?」
「その時俺は商店街を歩いていた。でも、賑わっているはずの商店街はしんとしていた。そして、彼女に会ったんだ――ミーナ・アウグストに。
「彼女は言っていた。なんでこんなところにいるのかと。俺にも分からなかった。そしたら突然魔族の襲撃を受けて、俺は空間を飛ばされて魔族に殺されかけた。
「その時、黒い甲冑の騎士が助けてくれたんだ。その姿に見惚れた俺は剣士になって騎士を目指そうって決めたんだ。それから意識が遠のいて、そのことは殆ど忘れてしまっていた。
「目を覚ますと俺はミーナに介抱されていた。礼を伝えようとすると、彼女は逃げるようにして去っていった」
 そしてアルフレッドは、頭を抱えた。
「似ている……似ているんだ。この前と、この状況は」
 時計塔の天辺を見つめ、アルフレッドは震えながら声を漏らした。
「俺もミーナも魔族も、結界の中という同じ場所にいる。間違いない。ミーナに危険が迫っている」
 ――そんなアルフレッドの頭に、ガイは拳固をかました。
「なーにウジウジしてんだよ」
「ガイっ!?」
「どうであろうと私たちはミーナを助けに行くだけだ」
「その通り」
 ガイはシンシアに親指を立てて肯定してみせる。
「似てるとかどうとか、そんなの偶然だ。オカルトの類だろ」
「自分が一番非科学オカルトな職業に就いているくせに……」
「ハッ、魔術師はこうみえて科学的な側面もあるんだぜ。発火させるだけでも魔力を有機変換しなきゃならないし、風魔法だってありゃ力学の分野だ」
「分かった、分かった!!」
「とにかく、こうしている時間が無駄なんだよ! 突入するぞ!!」

三人は人気のない時計塔の扉を開き、その中へ足を踏み入れる。
「暗い……」
 微かに射し込む月明かりを頼りに、シンシアとアルフレッドが手探りで塔内を調べる。
 ところどころ、足を踏み外したかのようにふらつきながら、なんとか燭台を探り出した。
「こっちに燭台があるな……」
「ガイ、炎魔法で火を灯してくれる?」
「お、おう」
「ちょっと待て」
 ガイがぎこちなく答える。が、シンシアがそれを制した。
「なんで止めるんだよ!?」
「魔族がここにいるのなら、灯りをつければ私たちがここにいるのがバレてしまう。そういう行動は慎んだ方が良さそうだ。月明かりもあるから全く目が見えないわけじゃない、このままで進もう」
「確かにシンシアさんの言う通りだ。先に進もう、ガイ」
「嫌だ!! 俺は火を付けるぞ!!」
 何故かガイがものすごい剣幕で怒鳴る。
「馬鹿。今バレるようなことをするなと言ったばかりだろ」
 シンシアがガイを小突く。
「でもよ……」
「もしかして……」
 ガイのいつもと違う様子を見て、アルフレッドは何かに気づいたようだ。
「ガイ、もしかして、暗いの苦手?」
「そういうわけじゃない!!」
「でも、そんなに明かりを付けたがるって……」

「――けて」

「ひゃっ!?」
 部屋の中央付近にいたガイは、何かの声が微かに聞こえたのか、驚きの余り飛び上がった。
「何か言ったか?」
「いや俺は何も……」
「隙間風でも吹いたか……ガイ?」
 ガイは声も出ないみたいだ。アルフレッドはそうか、と合点がいった様子でガイに近づき、
「幽霊かもしれないな……」
 ニヤニヤしながら、耳元で呟いた。
「は? 幽霊とかいるわけないだろ! そんな非科学的な物信用しないぞ俺は!」
 魔法という非科学的な物を扱う男が取り乱している。
「幽霊が怖いなんて、子供みたいだな」
「違う! 得体の知れない科学で解明できない存在が恐怖なの!!」
「それを幽霊って言うんじゃないのか……」
 アルフレッドとシンシアがくすくす笑っていたが、

「助けてください」

 淀みのない、透き通った声がガイとアルフレッドの耳に響き渡った。
「ひゃー! 許してー!」
「馬鹿! 人間の声だろ!!」
 幽霊だと怯えるガイをアルフレッドが一喝する。
 耐えられなくなったガイは二人の制止を振りきって炎魔法で燭台に灯りを付けてしまった。
 暗闇で不明瞭だった部屋が光で満たされる。
「熱っ!?」
 襲撃の可能性に備えてシンシアとアルフレッドは武器を構えたが、杞憂だったみたいだ。
「あれ……?」
 そこには、アルフレッド達以外に誰もいなかった。
「声はどこから聞こえてきたんだ?」
「やっぱり幽霊だって!!」
 先程まで虚勢を張って幽霊などいないと豪語していたにもかかわらず、プライドを捨てたのか、はたまたそんな余裕もないのか、ガイは幽霊が出たと騒いでいる。
「その男を黙らせろアルフレッド! いちいち五月蝿い」
「はい……」
 アルフレッドはバタつくガイをとりあえず羽交い締めにして、「俺まで怒られてる気分だ……」とぼやいていた。

灯りを付けたものの、敵の奇襲は一向に無い様子だ。シンシアとアルフレッドは一先ず得物をしまい込み、視界の開けたこの部屋を見澄ましてみる。
 シンシアが部屋を入念に観察したところ、小部屋が数部屋あるが、その中に誰も居ないことが分かった。
 アルフレッドは部屋の全貌が明らかになって一番最初に目に入った、塔の側面から延びる不思議な螺旋階段を眺めていた。
 彼はガイを羽交い締めにしながら、シンシアにその螺旋階段について尋ねてみる。
「この螺旋階段、なんで二つも上り場所があるんですか?」
 すると、間髪入れずにガイがアルフレッドの腕を弱々しく叩きながら解説を始めた。
「ここは逢引に使われることが多いんだが、それはこの階段の構造が原因も関与してるんだ」
「構造?」
「アルは上り場所が二つあるって言ったが、それは違う。上りと下りで分かれてるんだ。螺旋階段を二重構造にすることによって、上る人と下る人がすれ違わないようになっているんだ」
「へぇ、そうなんだ……」
 アルフレッドはガイを締める力を弱めることなく、納得するようにその螺旋階段を見つめる。
「でもだからって、ここで逢引する必要はないんじゃ」
「頂塔に上がってみれば分かるさ」
 アルフレッドにはその意味が理解できなかった。
「声はこの上から聞こえてきたのかもしれないな」
 シンシアが螺旋階段の吹き抜けから、塔の頂上を見上げた。なるほど最上階まで螺旋階段が伸びている。
「上に行ってみよう」
「待ってくれ」
 アルフレッドをガイが制止する。
 羽交い締めした手をどかすようにガイが身を揺らし、アルフレッドはしぶしぶとガイを解放した。
「この塔は妙だ」
「確かに、なんだか疲れるな」
「それに変な声は聞こえるし、さっき火を灯した時も、自分に火を付けられたかのように熱かった」
「魔法を失敗したわけじゃ?」
「そんなわけあるか。いつもと魔力の流れが違うんだよな……それに、声がいつもより響いているの、気づかないか?」
「言われてみれば……」
 ガイは部屋全体を見渡す。
「空気中に罠が張られているのか、それとも違うなにかか」
「だが、床石や壁の見た目は全部普通に見えるぞ」
「――それだ!!」
 ガイは屈んで敷きレンガを観察する。一見すると、ただの煉瓦である。
「先人の知恵に驚きを隠せんな」
「何があった?」
「全部だよ、この塔全部」
「わかりやすく説明してくれないか?」
「この塔の内側の煉瓦全てに魔法が施されている」
「なんて大掛かりな!? 一体どんな魔法だ?」
「表面の魔法反射率が書き換えてある」
「また小難しい単語を……」
「物に反射率があるのは知ってるか? 主に光を反射しやすいかどうかを表す値なんだが、たとえば煉瓦より大理石や銀の方が光って見えるだろ? そんな感じで、魔法にも反射しやすさが決まってる。」
「へぇ……」
「俺が灯りをを点けた時も、魔法の熱が反射して俺まで伝わってきたんだろう。ほら、やっぱり火を点けないとこんなこと思いつかなかったって。俺のおかげだろ?」
 どうやら、ガイは冷静さを欠いた自分の行動を正当化したいだけだったらしい。
「ガイはともかく、魔法の力ってすげー!」
「こらこら。驚くことに、ただ魔法の反射率をいじってるわけじゃなくて、音波も反射しやすくなっているみたいなんだ。まるで、『逢引』する人たちに手助けするかのように……」
「言霊――なんてな」
「言霊?」
「科学的には解明されてないが 、言葉は魔力を持つと言われているんだ。ほら、魔法を放つトリガーとなるのは『詠唱』『魔法名』だろう」
「応援されたら力が漲るし、怒鳴られると悲しくなったり、な。シンシアもいいこと言うじゃないか」
「それにしても、そんな大規模な魔法、魔力はどこから供給を?」
「この塔はなんだか疲れるって言ってたろ?」
「……来訪者が魔力源か!!」
「少し疲れたかな、くらいだから、そこまで気にすることじゃないんだろうけどな……これ考えた設計者、すごいよ」
「ガイにしては中々ためになる話だったな」
「お前、俺をなんだと思ってる!!」
「ほらほら騒ぐな。早く上るぞ」
 シンシアが螺旋階段を上るのにならい、アルフレッドとガイも階段を一歩ずつ上っていった。

上る。上る。そして、ぐるぐる回る。随分な段を上ったが、まだまだ頂上には辿り着かない。
「そういえば」
 と、少し遅れているガイが下の方から声を上げる。
「どうしてシンシアは、酒場を出る前にあんなことを言ったんだ?」
 シンシアは助けを欲した。大勢の冒険者に、魔族を倒してミーナを助けるように頼んだ。――結局その願いが聞き入れられることはなかったのだが。
「もう一度だけ、信じてみたかったんだ。他人というものをな」
 シンシアは振り返らずにそう言った。
 ガイは頭を掻きながら、難しい顔をして言葉を返す。
「そりゃ見ず知らずの他人を信じることなんて出来ねぇよ。人はまず第一に、自分の保身を考える。他人に情が湧くのは二の次だ」
「でもガイは見ず知らずの俺に気を許してくれてるじゃないか」
「横槍を入れるんじゃない、アル。単にそれが俺の他人への接し方なのであって、シンシアも無理して自分の他人への接し方を変える必要は無いって言いたいんだ」
 シンシアは口を閉じたままだった。
「俺はシンシアの排他的な態度、悪くないと思うぜ。搾りに搾り出した末に残ったものは価値のあるものだからな」
 シンシアが余りにも黙っているため、アルフレッドは気になってシンシアの顔を覗き込んだ。
「あれ? シンシア、顔赤くない?」
「黙れ!! バカアルフレッド!!」
 アルフレッドを後ろに退けさせ、一言こう呟いた。
「……ありがとう」
 彼女の顔は、真っ赤な月に照らされたその姿と見分けがつかないくらい赤くなっていた。
「ちなみにだが」
 ガイがまた口を開く。
「酒場の連中は、単に嫌がってシンシアの提案を断ったわけではないみたいだぞ」
「どういうこと……?」
「思い出したんだ。ミーナ・アウグスト、彼女のことをな」
「知り合いだったの?」
「いや、一方的に知ってるだけだ。噂をな」
「どんな噂なんだ?」
「冒険者が依頼をこなした数や、その貢献度によってランキングが付けられているのは知っているな?」
「うん。月ごとに上位の冒険者の名前が張り出されるアレのことでしょ?」
「今年になってから、突如上位に現れた名前があるんだ」
「まさかそれが……」
「そう。それがミーナ・アウグストだ……アル、もしも突如出没した巨大烏賊クラーケンの討伐の依頼が出ていたら、それを受けるか?」
「いや、そんな無謀なことしない……」
「そう、それは無謀なことなんだ。何故か。身の程に合っていないからだ」
 そしてガイは話を戻した。
「ランキングに載ったら、たちまち冒険者の間では有名人だよ。そんな人間が失踪したとしたら、その原因の魔物を倒そうなんて言われたら」
「当然、イエスとは言えない……な」
 シンシアは気付かされた。自分の考えの浅はかさに。そして彼女は学んだのだった。
「人を信じさせるって、難しいことなんだな」
「他人を信じるな、でも自分のことは信じさせろ……それはとても難しいことなんだよ。なんて言っている間に、着いたみたいだな」
 三人は漸く最上階にたどり着いた。月明かりが充分に入ってくるため、燭台を灯さなくとも視界は良好だ。
「さて、地上で喋った話の続きだが……カップルがここで逢引する理由。もう分かったな?」
 アルフレッドとシンシアは、ガイの顔など見ていなかった。
「ああ、分かった」
 彼らは塔の窓から外界を見渡した。
 三百六十度、視界にはパノラマが広がる。オリオルフェストの街を一望のもとに見渡すことができた。
 街は生活光で溢れ、空には星が光っている。赤い月が街全体を紅色に妖しく包み込み、それは自分たちが、まるで赤い宇宙に浮かんでいるかのような感覚だった。
「こんなところで告白されたら、俺絶対断れないや」
「オカルトは信じないが、ここは恋愛に効く魔法のスポットなんだ」

――――。

かすかな、人の気配を感じた。
「誰かいる気がする」
「確かに」
 アルフレッドは自信なさげだったが、シンシアはその微小な気配を確実に感じ取っていた。
「幽霊なんかじゃないぞ……」
「そんなこと誰も言っていないが」
「怖い話よりさ、楽しい話しようぜ! そうそう、さっきの話の続きだけどさ……」
 ガイがまたこの塔に纏わる雑学を話すつもりらしい。アルフレッドとシンシアは呆れながら気配の主を捜索している。
「逢引するカップルって、やっぱりバレたらマズい人が多いんだよな。この塔は、下の階と上の階が結構離れてるにもかかわらず、声が響きやすいんだ。それはこの塔自体の構造によるんだけど……」
 アルフレッドとシンシアは気にも留めていない。
「色んな事情があって、追われる身になっている者もいるわけよ――例えば王族の駆け落ちとか。そういう人がこの塔でランデブーしてる時、従者や衛兵が嗅ぎつけてこの塔にたどり着いてしまうんだ。二重螺旋の階段で降りようとしても、二手に分かれて上ってくる音が聞こえてくる。逃げ場はない。さあどうする。そうなった時に二人が隠れるのが――」
「その鐘だ」
「「最初にそれを言え!!!!」」
 ガイの話に見向きもしなかったアルフレッドとシンシアが、即座に方向を変えて鐘の下に向かう。
 大人二人がすっぽり覆われるほどの大きな鐘。普段は時報を鳴らす時に使うそれを下から覗いてみると――一人の少女が、鎖で繋がれていた。
「……助けて……ください」
「生きてる……!!」
 アルフレッドはすぐさま彼女の救助を行った。
 手を繋がれている鎖を、剣を上手く使って何とか切り落とす。
 重力に従って落ちてくる彼女を、アルフレッドは衝撃を殺して捕まえた。
「大丈夫!?」
「ありがとうございます。大丈夫です」
 金髪の女性は、先程まで吊るされていたために青ずんだ手首を隠しながら感謝の意を表した。
 手を隠したのは余計な心配をかけないためであろう。
 普段ならかなり綺麗であろうブロンドの髪がひどく汚れているのを見て、アルフレッドは少し心が痛んだ。
「君が、ミーナ・アウグストだね」
「また会いましたね、ふふっ」
「お父上が心配している。早く帰るぞ」
「嫌です」
「は?」
「他の人を巻き込まないように結界を張ってるっていうのに、あなたはいつも入ってきちゃうんですね」
 ミーナはアルフレッドを見つめた。澄んだ綺麗な眼、彼はそれを以前も見たことがあった。
「とにかく、魔族がいないのは幸いだ。ヤツが現れる前に帰るぞ!!」
 しかし、時は既に遅かった。
「そうはさせないぞ? 下等生物よ」
 空からそれは舞い降りて来る。その姿はシンシアが述べていた容姿と完全に一致していた。
 アルフレッドは、ガイが震えているのに気づいた。それは先程の幽霊騒動で慌てていたのとは明らかに種類の違う震え――生命の危険からくるもの――だった。
「終わりだ……俺らは殺される……」
 月明かりと逆光になった魔族の身体はシルエットとなっており、影と見分けの付かないくらいだ。その双眸は紅く光り、獲物であるガイ達に向いている。
「少し退屈していたところだ。楽しませてくれよ……人間よ!!」
 魔族の両手から炎が噴き出す。それはすぐに赤から紫、そして黒色にそまり、球状の炎弾となって魔族の手のひらに浮遊を始めた。
 魔族は腕を前方に突き出し、
「まずはウォーミングアップだ」
 漆黒の炎弾が、ガイに向かって放たれた。
「避けて!! ガイ!!」
 アルフレッドはガイに向かって叫ぶ。
 しかし、彼は動かない。
「危ない!!」
 アルフレッドは横に飛び、ガイを突き飛ばしながら炎弾を辛うじて回避する。
「どうしたんだよ! ガイ!?」
「足が……動かないんだ……」
 ガイは震える足に手を乗せた。
「震えが止まらないんだ。ヤツを倒さないといけないのは分かってるんだ、でも……」
 ――以前体験した敗北の記憶は、そう簡単に忘れることはできないのだ。
「アルフレッド! ガイはいいから目の前の敵に集中しろ!!」
「はい……っ!!」
 アルフレッドが振り返ると、魔族は再び炎弾を撃つモーションに入っていた。
「うおおおおおお!!」
 アルフレッドは後先考えず、魔族に突撃する。
「愚かな……」
 魔族は炎弾を撃ちだした。
 それは瞬時にアルフレッドに迫り――炎弾が真っ二つに割れた。
「なんて無茶を……!!」
 アルフレッドは炎弾を撃ちだすと同時に剣を抜いた。そして、アルフレッドに炎弾がぶつかる前の一瞬でそれを”斬った”のだ。もちろん本人はそこまで考えていたのではなかったのだが。
 半分になった炎弾のひとつは床に当たり消滅し、もう一つは鐘に当たり、鐘の音を鳴らした。
 炎弾を斬られたことで一瞬怯んだ魔族に向かって、シンシアが矢を番えて放った。
 それは魔族に当たるも大したダメージにはなっていない様子だ。
 再び魔族が炎弾を形成し、撃ち出す。
 先ほどと同じようにアルフレッドが剣を構えた。
「同じ手が通用するか!!」
 炎弾はアルフレッドの手前で爆発し、彼は吹き飛ばされた。その先にはシンシアがいて吹き飛ばされたアルフレッドが直撃する。
「ぐっ……!!」
 二人の後ろにいたガイの目の前ががら空きになり、魔族がゆっくりと彼ににじり寄る。
「お前、見たことあるぞ……?」
 魔族は、ガイの顔を思い出したようだ。
「雑魚戦士の後ろで怯えていた魔導士か? 逃がしてやったのにまたノコノコやってくるとはな……今回もこの前みたいに震えているだけか?」
「……っ」
 ガイは黙ったままだ。
「それでいいんだ……おとなしく、死ね!!」
 鋭い爪をした魔族の手が、振り上げられる。
 ――その横から光の矢が飛来し、魔族を吹き飛ばした。
「貴様ァ!! 何をした!!」
「魔法の応用ですよ。属性付加。一本では弱い矢も、魔法を加えてあげれば絶大な力になる」
「!?」
「聖なる力は魔によく効く。祓魔師なら知ってて当然のことです」
「祓魔師だとォ!?」
 魔族の視線の先には、矢を放ったシンシアと、その補助をした祓魔師ミーナの姿。
 その言葉に一同は驚いた。
 祓魔師とは、僧侶系列の最上位職。熟練した壮年がようやくなれるような職業だ。
「真っ先に貴様は殺しておくべきだった……!! ぐっ……!!」
「すぐには動けませんよ。麻痺効果を付与していますからね」

動けない魔族をよそに、ミーナはガイに近づいた。
「何で諦めるんですか?」
「……」
「貴方は厳しい現実から逃げようとしているだけです。過去の一度の出来事を引き摺りまわして、未来さえも遮っているんじゃないのですか?」
「そんなわけ……あるかよ……」
「なら、戦ってください。貴方の護るべき仲間は、ここにいるはずです」
 ガイは辺りを見回した。
 アルフレッドが笑みを浮かべる。シンシアも頷いた。
「こんな若造に諭されるなんて、俺も落ちたもんだ……これじゃシャルルに顔向けできねえな」
 いつの間にか、ガイの足の震えは止まっていた。
「ガイ、もう怖くないの?」
「だって魔族は幽霊じゃないからな。オカルトじゃなければなんともないさ」
「言わせておけば、図に乗りやがってぇ!!」
 魔族が少しずつ、起き上がり始める。身体の痺れが取れてきているようだ。
「思ったよりも回復が早いですね……魔術師の方、魔法は全力で何発撃てますか?」
「全力だろ……後先考えずに撃てば、二発くらいだと思う」
「それだけ打てれば充分です」
「一体どうするつもりだ?」
「魔族を倒すには、聖なる力で焼き尽くすしかありません。でも、ただ撃つだけじゃ消し去れません。芯を突いた攻撃でないといけないんです」
「魔法ぶれか……確かに魔法を撃ちだす際、一方向に撃っているつもりでも魔力が外側に一定量ずれるからなぁ」
「分かってるなら話が早いです。それを克服するために、ある細工をしておきました」
 ミーナがあるものを指差す。
「……おいおいマジかよ。見かけによらず策士だな」
「一応それも職にしてますから」
 ガイが不思議に思い、ミーナの胸元を見た。
「なんだかさっきから驚かされてばかりだ」
 ガイは笑った。ミーナの胸元には、僧侶系列のバッジの他に、戦術師のバッジも付けられていた。
「とりあえず、何がしたいかは分かった。後は俺に任せろ」
「頼みましたよ、震えてなんかいる場合じゃないですからね」
「……色々鋭いよな。お前」
「人のトラウマなんて、すぐに克服できるものじゃないですから」
「そうだよ、やせ我慢だ」

痺れが完全に無くなった魔族が、翼を広げ一同に襲いかかる。
「いいかアルフレッド、シンシア。今から俺の言うとおりに動いてほしい」
「何だ?」
「あいつを誘導しつつ、中央に移動するぞ」
 アルフレッドは誘導先を見据える。
「よく分からないけど、分かったよ」
 飛来した魔族は三叉槍を具象化した。
「絶対に逃さない!!」
 興奮して冷静さを欠いた魔族は、槍を乱れ打つ。
「くぅっ……! 危ねぇ……な!!」
 豪快で大胆な攻撃に、アルフレッドは必死に剣で応戦する。
「その剣さばき、貴様素人だな?」
 アルフレッドの拙い剣術では魔族の攻撃をさばききれず、次第に魔族に押されていく。
 魔族は三叉槍の矛先にアルフレッドの剣をかませ、槍を反転させる。アルフレッドの手から剣が離れ、アルフレッドは丸腰になってしまう。
 魔族は反転させた槍の石突でアルフレッドを突いた。
「がはっ!!」
 アルフレッドは突き飛ばされ、地面に倒れる。
 魔族がアルフレッドにゆっくりと近づく。
「終わりだ……!!」

「で、これでいいんだよな? ガイ」
「ああ、よくやった」
 アルフレッドが倒れこんだ場所は、ガイが指示した移動場所だった。
「どうするつもりなんだ」
 シンシアが問う。
「とりあえず――」
 ガイはアルフレッドを背負い、
「ここから飛び降りる」
 通路の柵から身を乗り出した。
「何を!?」
「黙って付いて来い!!」
「~~!!」
 アルフレッドをおぶったガイに続き、シンシア、ミーナが飛び降りる。
 塔は一階から螺旋階段の内側は空洞になっている。つまり吹き抜けになっていて、一気に最下階まで下りることが出来るのだ――衝撃を殺すことさえできれば。

ガイがぶつぶつと呟く。魔法を詠唱しているのだろうが、空気抵抗のせいでまともに発声することもできない。
 スピードはどんどん加速していき、地面が近づいていく。アルフレッドやシンシアは死を覚悟していた。
 そしてもう少しで地面にぶつかるというところで、
「詠唱完了!! 『陣風』!!」
 ガイが、やっとのことでその言葉を口にする。
 地面の少し上方で一瞬で大気の塊が形成され、それが爆発した。
「ぐっ!!!」
 四人は地面から突風を受けた――そしてそれは、落下するガイ達の勢いを程よく相殺し、四人は無傷で地に足をつけることが出来た。
「い、生きてる……どうして……」
「説明は後だ!! ヤツも来るぞ!!」
 気が付けばミーナが詠唱してドーム状の防御壁を作っていた。
「この中に入ってください!!」
 四人が防御壁の中に退避すると、急降下した魔族が追いついて、四人の姿を空中で捉えた。
「諦めの悪い奴らめ……」
 魔族が一旦後ろに傾いて勢いをつけ、此方に向かって速度を上げようとし――
「それじゃ、やっちゃってください」
「天高く燃え続ける始まりの炎よ、魔なる者と彼の罪を焼き払え!! 『業火』!!!!」
 巨大な火炎弾が、床に落ちたかと思うと――魔族の元に向きを変え、飛来する。
 火炎は爆風とともに部屋全体を包み込み、全てを焼きつくした。
「あっつい……!!」
 四人はミーナの防御壁のおかげで魔法に巻き込まれることはなかったが、その防御壁すらをも貫通する熱に声がこぼれた。
 室内は次第に煙で視界がきかなくなり、それも徐々に薄れていった。
「フフフ……今のは効いたぞ……だが、まだ足りない!!」
「まだ動けるのか!?」
 そこには、魔族が立っていた。皮膚は焼け、翼は折れ、しかし未だ有り余る力を確信させる鋭い眼光。
「ここまで俺を追い詰めたのは貴様らが初めてだ……丁重に殺してやる……」
「え? 何か勘違いしてません?」
「何を……」
「もう、あなたの負けですよ?」
 ミーナは既に、光の鎖を創り出し、魔族の手足を拘束していた。
「冥土の土産って、好きですか?」
「クソ……解け!! なんだこれ……ビクともしない……」
「魔物専用ですから。魔族にも効くとは思わなかったですけど――それじゃ、冥土の土産、喋りましょうか。私、全部聞こえていたんです。三人がしていた逢引の話。下の声はよく聞こえるから。同様にあなた達にも私の声が聞こえていたはずです。なぜだか分かります? 剣士の方」
「ガイが反射率がいじってあるって言ってたけど、それだけじゃないの?」
「他にあるんです。それと、この塔に入った時、よく足元がふらつきましたよね。それに、少し疲れたはずです――何故なら、ここの床は逆ドーム状になっているから」
「嘘だろ!? ……本当なのか?」
「窓の高さやレンガの大きさを変えて、高さが変わってもそれを感じにくく錯覚させてるんです。平面と思って歩いているのに傾いていたりしたら、そりゃ足元もふらつきますよね。この塔にかかっている魔法が人の魔力を奪っているからだってあなた達は考えたみたいですけど、それはミスリードです。魔力の少ない戦士系の人ならまだしも、魔法を使う魔導士の方が疲れるほど魔力を奪いなんてしませんよ。この塔の魔法は、効率のいいアルゴリズムで出来ていて、使用魔力は極めて微弱です」
「そうだったのか……でもなんで、そんなドーム型にする必要があったんだ?」
「今魔導学園の研究者達は通信技術の研究をしているんですけど、遠隔地に信号を送ったり魔力供給を行ったりする研究が進められているんです。まだ開発中なんですけどね。それに利用されているのが、パラボラの原理、つまり放物面です」
「放物面?」
「放物面に向かって光を投影すると、焦点に光が集まります。焦点から光を発すると逆の経路を辿ります」
「全然分からないんですけど」
「大丈夫だ、私も分かっていない」
「地上と逆に最上階には二つのパラボラがあります」
「ふたつ?」
「一つは天井です。そしてもう一つが――鐘です」
「なるほど」
「これで地上と最上階で、パラボラが向かい合っていることになります」
「うんうん」
「ここで問題です。人が地上の焦点に立っているとします。声を発したらどうなります?」
「あ、分かった。パラボラで一回反射して、吹き抜けを通って天井のパラボラにたどり着く。そこでまた反射して最上階の焦点で声が聞こえるんだ」
「そうです。これは最上階の焦点で声を発しても同じです。これは焦点付近でないと成立しないんですけどね」
「最初に俺がミーナの『助けて』って声を聞いた時、お前らには聞こえてなかっただろ? あれは俺だけ焦点付近にいたからなんだ」
「二回目の時も俺がガイに近づいたから声が聞こえたってことか……」
「これが、『逢引の塔』である所以です」
「最初からこうなるように設計されていたのか……」
「設計者は恐らく駆け落ちに失敗でもしたんでしょうね。世の禁断の愛を助けるために、こんな塔を作る――くだらないですね」
「でも今はこうして、俺達の役に立ってる」
「そうです。この構造じゃなければ勝ちは確実じゃなかったんです。分かってると思いますが、最上階から落下した時の風、あれも上方に風を送るために焦点で風の爆発を起こしてもらいました」
「火炎弾も、垂直に魔法を放てば焦点に迫るようになっていたからな。何も考えずに全力を出すだけでよかった。それにドーム型の形状も相まって、魔族を倒すには至らないがかなりのダメージを与えられたんだ」
「――もう話は十分ですかね?」
「くだらん話だ。さっさと殺せ……できるものならな。魔族は普通の魔物とは違う。神聖魔法でも並の攻撃じゃ殺せんぞ」
「あ、そうですか」
 ミーナは見上げた。
「最上階には二つのパラボラがあるって話、しましたよね」
「……」
「私を閉じ込めていた鐘です」
 魔族は目を見開いた。
 何か叫ぼうとする。
 鐘に埋め込んでいた術式が発動する。
 聖なる光が上空から地を貫く。
 光が収束し、そこに残ったのは干からびた魔族の残骸。
「……貴様、何故そこまでの力を持って弱者を支配しない?」
「……」
 ミーナが返事をする前に、魔族は事切れた。
 ミーナが踵を返すと、魔法の衝撃に耐えられなかったのか、最上階の鐘が落下して、魔族の死体の上に激突した。

「それじゃ、帰りましょうか、皆さん!」