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Wandering Wondering

Social/Journal

剣士志願者の聖譚曲

The Knight's Oratorio

魔王と魔族-Fiend Familia-

傷ついた女性を連れて街まで帰ってきたアルフレッドとガイ。
「彼女は何処に連れて行けば……」
「とりあえずしっかりと傷を治癒できるところに行かないとな」
「と、なると僧侶ギルド?」
アルフレッドの言葉にガイは少々考え、口を開いた。
「いや、ここからなら大聖堂の方が近い」
大聖堂――そこは不思議な力を持つ神官が人々に能力(ちから)を与える場所である。
その神官も、僧侶と同様に人の傷を癒やすことが出来るのだ。
アルフレッドはガイの提案に同意し、大聖堂を目指した。

双つの円柱塔が目印であるアウグスト大聖堂が見えてくる。
「この建物、すごいなあ」
 アルフレッドは感嘆の声を漏らす。
 ロマネスク様式のその建物はずっしりと構えていて見るものに緊張感を抱かせた。
 アルフレッドが惚けて大聖堂を眺めていると、外界と聖堂の中を分け隔てている分厚い石壁の向こうからパイプオルガンの厳かな音が微かに漏れてきた。
「入るぞ」
 ガイが入り口の大きな門扉に手をかける。
 重たいその扉は、少し体重を乗せて押すことによって遂に開かれた。
 一陣の風が、内から外へ吹き抜ける。
 微かに聞こえていたパイプオルガンの音が振幅を増し、鼓膜を直に刺激した。
 その音は聖堂の壁面を反射し残響となり、それがまた反射を繰り返す。
 心が洗われるようだった。
 いつしかパイプオルガンの奏者は手を止めていた。最後の残響が訪れ、聖堂は沈黙に包まれた。
 パイプオルガンの奏者が立ち上がり、此方に歩み寄る。
 そして一言、沈黙を破った。
「迷える子羊よ、此度はこのアウグスト大聖堂に何用ですかな?」
 その声は慈愛に満ち溢れていた。
 彼は白髪が少し混じった髭面の男だった。恐らくこの聖堂の司祭であろう。
「神父さん、助けてください。この女性が酷い怪我を……」
 ガイがおぶっていた女性を床に横たわらせる。
「ふむ……」
 司祭が彼女の汗ばんだ額の上に右手をかざした。
『生命の水よ 傷つきし身体に精霊の恵みを与えよ』
 司祭が詠唱すると、彼の右手の人差し指から、一滴の水が滴り落ちた。
 その水滴が女性の眉間にかかると同時に、彼女の身体が仄かな光に包まれて身体の傷が癒えていった。
「直に目を覚ますでしょう。少し遅ければどうなっていたことやら……連れて来てくれてありがとう」
「いいえ、此方がお礼しないと……本当にありがとうございました」
「私は当然のことをしたまで。あなた達の行動が、彼女を救ったのです」
 司祭は笑って言った。その笑顔はまるで優しさに包み込まれるかのように穏やかなものだった。
「ともあれ、こんな所に彼女を寝かせておくのは可哀想ですね。奥に空き部屋があるから、そこに寝せてあげましょう。皆さんも寛いでいってください」
「そんな……恐縮ですが、お言葉に甘えて」
「さぁ、此方へ」
 司祭に連れられて、広間の横の回廊から客間へと移動する。

迎えられた客間は、リベッティングが特徴的な本革張りのソファー、マホガニーのテーブルなど高級家財でいっぱいだった。
 大きめの窓から入る日差しも適度に心地よくて、ずっとこの空間に居たいくらいだ。
「奥にベッドルームがあるので、そちらにこの娘を連れて行きましょう」
 ガイがシルクのシーツの上に彼女を横たわらせる。
 ベッドもウォルナット製のようで、どこまでも高級品だらけの部屋にガイは目眩しかけた。
「あなた達もお疲れでしょう。ソファーに掛けていいんですよ」
 アルフレッドとガイは躊躇いながらも高級ソファーに腰掛けた。
「紅茶でも用意しましょうかね。クイーン・アンネはお好きですか?」
「味の違いとか分からないんで、何でもいいです!」
「そうですか。おーい! ミーナ! クイーン・アンネを三つ頼む!」
「はーい!」
 遠くから女の子の声が返ってくる。
「ん?」
「どうかされました?」
「いや、なんでも……」
 アルフレッドは、どこかで聞いたことがある声だなと思ったが、思い違いだと決め込んだ。
「さて、申し遅れましたな。私はこのアウグスト教会の主任司祭かつこの教会の所有者、ヨーハン・アウグストと申します」
 なるほど、と二人は納得した。
 このアウグスト大聖堂はオリオルフェストでは誰しもが耳にしたことがある有名な聖堂である。
 その大聖堂の一番偉い司祭で、この聖堂を所有しているとなると、お金が無いはずがない。
 自己紹介をされたので、アルフレッドとガイも名前を告げた。
「眠っている彼女はお友達ですか?」
「それが、倒れていたところを運んできただけで……一番近いところがここだったんです」
「どうしてあんな怪我を……」
「分からないんです。見たところ、彼女も冒険者だから、何か依頼でミスをしたのかも……」
「ううむ、それにしてもあんな傷、何かと戦ったようにしか見えなかったですが、この近辺に魔物が出没するなんて話、聞いたことありませんな」
「ですよね……。彼女が目覚めないことには、分からないことだらけだ」

「失礼します」
 金髪の女の子が部屋に入ってきた。
 彼女はソーサーの上にティーカップを並べると、ティーポットを持って紅茶をゆっくり注いでいく。
「砂糖とミルクはお好みでどうぞ」
 そういって彼女はシュガーポットとミルクピッチャーをテーブルの上に置いた。
「それでは」
 彼女はぺこりと頭を下げ、顔を上げた時、不意にアルフレッドと目が合った。
「!!」
「君は……」
「失礼します!」
 アルフレッドが話しかけようとすると、逃げるように彼女は出て行ってしまった。
「はて、いつもはあんな調子じゃないんですけどね。今のが私の自慢の娘、ミーナです。彼女は今冒険者をやりながら、神官見習いでもあるんです。将来はきっとこの聖堂を継ぐ司祭になるでしょう」
 ヨーハンが自慢げに紹介する。
「神官っていうと……」
「神官は先ほどみたいに人々を癒したり、駆け出しの冒険者に洗礼を施すことができるのです。私も神官の一人なのですが、我々は人々を導く役割を担っているのです」
「導く……どこに?」
 アルフレッドはボソッと漏らした。
 それにヨーハンは笑顔で答える。
「さらなる高みに、ですよ」
「そういえばアルフレッドって、剣士の洗礼は受けたんだっけ?」
「あ、そういえばまだだ」
「なんと、それでは成人したて、ということですな」
「多分研修中に洗礼を受けるんだろうけど、今は研修が行えないからなあ」
「そうであれば、是非我が聖堂で洗礼を受けてはどうでしょう。ギルドにも此方から報告できますし」
「本当ですか!? それならありがたいです!」
「今日すぐに、というのはできないですが、明日にでも行えますよ」
「是非お願いします!」
「良かったな、アル」
「そうと決まれば、準備しないと……。ミーナ! 祭壇の掃除してくれるか?」
 ヨーハンの呼びかけに、返事は無かった。
「ミーナ?」
 ヨーハンは、深くため息をついた。
「またか……」
「また、というと」
「娘は神官見習いという立場でありながら、冒険者をしているのです。家を抜け出して依頼を受けに行っているのでしょう。そんなことでは、神官にはまだまだなれないというのに……」
「神官と冒険者の両立って、難しいんですか?」
「神官は常に人々に必要とされる存在です。彼女が冒険者として働いている時間は、誰かが神官に助けを求めている時間なのです」
「難しい問題ですね……」
「いいえ、彼女が冒険者を辞めてくれれば済む話なのですが……」
「はぁ……」
 神官という星の元に生まれてきたが故に彼女の自由と可能性がせばめられるのはなんとも皮肉なことだった。
「こんなこと貴方達に話してもどうしようもないですな。あまりお気になさらず」
「ところで、洗礼は神官であるヨーハンさんが行うんですか?」
「はい、そうなりますな」
「神官見習いの彼女には洗礼は出来ないんですか?」
「うーむ、どうでしょうかね。冒険者に資質を与えるというのは、簡単なことではないのです。聖人の御霊に呼びかけ、その職の天恵を御霊から授かり、冒険者に資質をもたらす。手順は単純なのですが、一つのミスによって冒険者にうまく資質を与えることが出来なかったり、神官自身が御霊に話しかける権限を失ったりします。それは洗練された神官でないと難しいかと」
「そういうものなのか……」

話がひと段落したところで、奥のベッドルームから物音がした。
 三人が部屋の方を見ると、女性がようやく目覚め、半身を起こしていた。
 ヨーハンが席を立ちベッドの方へ向かい、彼女に体調を伺う。
「気分はどうですか?」
「大丈夫だ……。あの、どうして私はここに?」
「あの方々が助けてくれたのですよ」
 ヨーハンがガイとアルフレッドを紹介する。
「とは言っても、治療してくれたのは神父さんですけどね」
「そんな……かたじけない。この恩、どうやって返せばいいか……」
「私はやるべきことをやったまでです」
「俺たちも、全然気にしてないぜ。倒れてる人間がいたら誰だって助けるだろ?」
「本当にすまない……」
 彼女は深々と頭を下げ感謝の意を表す。
「さあ、此方の椅子にかけて。今紅茶をご用意しますから」
 ミーナが不在のため、ヨーハンが自ら紅茶を準備しに退席する。
「助けてくれて本当にありがとう。ところで、私はどこに倒れていた?」
「えっと、軍管理地の雑木林に……煙が上がってたから何かあったと思って。そしたら君が倒れていたんだ」
 ガイが現場を説明する。
「周りに弓矢は落ちてなかったか?」
「見かけてないな。気づかなかっただけかもしれないが。何しろ君が重傷だったから一刻も早くここに連れて行かなければならなかったんだ」
「そうか……」
 程なくヨーハンは戻ってきた。
「はい、どうぞ。お二方もおかわりを持ってきましたよ」
「ありがとう」
 彼女が紅茶を一口啜る。
「おいしい」
「でしょう? 良い葉っぱを使ってますからね」
 彼女はカップを置くと簡潔に自己紹介を始めた。
「名乗り遅れた。私はシンシア・グレイスフォード。弓使いだ。ソロで活動している」
 三人も名前と役職を簡単に話した。
「それで、一体何があったんだ?」
 ガイが本題を切り出した。
 シンシアは一呼吸置いて、事のあらましを話し始めた。

「私は――ある依頼を受けたんだ。
「依頼、それは国軍が募った討伐依頼だ。自分で言うのもなんだが、討伐依頼には自信があった。数年ソロでやってきたからな。今回もうまくいくと思っていたんだ。国軍が依頼する『たった一匹の魔物』の討伐にキナ臭さを感じることも無くな。
「場所は軍の管理する林の中だった。少し疑問はあった。何故ならそこは保護区内だ。知っての通り、保護区には魔物は進入することが出来ない。なのに何故、このような場所に討伐依頼が? だがその時の私は深く考えることもなく、いつもの狩りのようにしてその地に赴いた。
「魔物はそこに立っていた。待ち構えていたかのようにな。覚えているのは、漆黒の翼、毛深い身体、巨大な巻いた二本の角、細長い瞳孔――それは今まで見たこともなかった姿形をしていた。空気が張り詰めている気がした。私は本能的に矢を番えていた。
「昔噂に聞いたことがあった。魔王の眷属の話を――それらは通常の魔物よりも知能が発達していて、魔物たちを統率して人間を襲うと。魔王に仕える魔の族(ともがら)、それらは『魔族』と呼ばれていた。
「そう、私の目の前にいたのは魔族だったに違いない。あんな殺気、普通の魔物が放てるはずがない。殺られる前に殺る、そう思って私は矢を放った。
「矢はそれを貫いた――刺さることは無かったんだ。目の前の魔族は陽炎のように揺らめき、姿を四散させた。私は辺りを見回した。姿は見当たらなかった。だが気配を察知することはできた――背後だ。
「気づいた時には遅かった。奴は何か言葉をつぶやいていた。恐らく詠唱していたのだろう。直後、私は炎の爆発によって吹き飛ばされた。それから蹄のようなもので殴られたりした気がする。もう意識は朧気だった。霞む視界の中、最後に見たのは翼をはためかせ飛び去る魔族の姿――私の意識はそこで途絶えた」
 シンシアは喋り終えると、紅茶を一口啜った。
「長々と悪かった」
「いや、なんというか、大変だったんですね……」
 アルフレッドが月次な返事をする反面、ガイがある単語を反芻する。
「魔族……魔族か……」
「思い当たる節でもあるのかね?」
 ヨーハンが何かを考えているガイに問いかける。
 ガイは頭を抱えながらも口を開いた。
「恐らく、俺も魔族と交戦したことがある」
 アルフレッドはまさか、と思った。彼の悩みの種、それ即ち――
「俺がパーティを解散する原因になった依頼でな」
 ガイのパーティは依頼に失敗したことで破産しかけた。その元凶が魔族だと彼は言っているのだ。
 アルフレッドは、先ほどまだシンシアを助けるよりも前にガイからパーティを解散した理由を聞こうとしていたことを思い出した。
「詳しく教えてくれないか」
 ガイはもう話す準備はできていたらしく、
「もとよりそのつもりだ」
 そして、ガイは語り始めた。

「俺とシャルル――元パーティメンバーの戦士だ――はそこまで稼ぎのいいパーティじゃなくてな、毎日節制の生活をしていた。コツコツ地道に依頼をこなし、報酬をもらっては必要な武器や道具、そして食費、宿代に変えていった。
「俺はともかく、シャルルには目標があった。彼は国軍に入りたかったんだ。しかし国軍に入るにはそれなりの実力や名声が必要になってくる。一方で俺はというと、金が欲しかった。莫大な金が欲しかったわけじゃない。この先行き不安なルーチンワークから脱却したかった。もっと余裕のある生活をしたかったんだ。そんな時に、ある一つの依頼が舞い込んできた。
「その依頼は国軍の発したものだった。保護区内に迷い込んだ一匹の魔物の討伐――文面から読み取るに簡単そうな依頼だった。しかし、報酬は膨大な金銭。実に胡散臭い依頼だった。何か裏があるに違いないと思った。俺は止めたが、シャルルはそれに食いついた。国軍が発した依頼ということは、この依頼を達成すれば自分たちの実力が国軍内で馳せるに違いない。そうすれば国軍に入隊する際の大きなアドバンテージになる、そう考えたみたいだった。
「問題はそれだけじゃなかった。依頼の受け逃げが無いように、依頼の受理には多額の契約金が必要だった――それは俺達の所持金の殆どと同額だった。俺はそんなハイリスクハイリターンの依頼を受ける必要は無いとシャルルを諭そうとした。だが彼は聞く耳を持たなかった。彼はどこか焦っているように見えた。
「結局俺の反対意見は聞き入れられず、依頼を受けてしまった。こうなれば『たった一匹の魔物』を討伐するほかない。俺たちは万全の対策をして討伐に向かった。
「一言で言えば、全く歯が立たなかった。剣は通らず、魔法も掻き消された。傷一つ付けることもできず、俺たちは敗走した。
「そう、対峙したのは『魔族』だ。シンシアが説明してくれた外見と一致していた。二本角の、獣の頭部を持った魔王の眷属。奴はドス黒い炎弾を俺たちに浴びせ、子供が玩具での遊びに飽きたかのようにして飛び去っていった。俺たちは依頼をこなすことができなかった。それからはアルが知る通り、喧嘩別れだ」
 アルフレッドはまたもや、迷っていた。一度折り合いは付けたはずなのだが、それでも再びそれに対して思い巡らせていた。
「やっぱり俺、ガイとパーティ組んで良かったのかな……。ガイと彼の仲を引き裂いたのはその魔族なんだろ。ガイも彼も、本当はまだ一緒に冒険したかったんじゃないか」
「気を遣うなって。長い冒険者生活なんだ。こういうことだってあるってことさ」
「運命とは、予測不能なものです。ガイ殿がパーティを解散することも運命、アルフレッド殿とガイ殿が出会ったのも運命、私やシンシア殿と出会ったこともまた運命なのです。ガイ殿が仰ったように、先の長い人生です。人生とは運命の連続なのですよ」
 ガイとヨーハンはアルフレッドに言い聞かせた。少しばかりかアルフレッドの肩の荷が下りたように見えた。
「それにしても、魔族という魔物のこと、気になるところですな……どうしてそんなに高等な魔物がこのような地にいるのでしょう」
「何か悪いことが起こる前触れなのか……」
 そこで、あることを思い出したアルフレッドが口を開く。
「そういえば剣士ギルドでも似たようなことが……」
 アルフレッドは説明した。剣士ギルドに魔物が侵入したこと。なんとか撃退したものの、ギルドは半壊状態になってしまったこと。
「俺とシンシアが受けた魔族討伐の依頼、アルフレッドが出くわした魔物の侵攻……何か関係がありそうだな……」
「ここ十八年間、魔物が保護区に侵入したなんて話自体殆ど聞いたことありませんからね。偶然にしては出来すぎていますな」
「……どうするの?」
 アルフレッドはガイに尋ねた。ガイは一度敗北を味わっている。下手に踏み込むと危険なことだとは十分承知のはずだ。
「……」
「私は、戦う」
 決めあぐねるガイより先に、シンシアが決断した。
「私には失うものなんてない。いつも死と隣り合わせで生きてきた。一人だろうと私は立ち向かう」
「……馬鹿だなあ、俺」
 ガイは彼女の勇敢――無謀な姿を見て一言呟いた。
「一人の女の子が戦う意思を示してるのに、俺だけ逃げるなんてことが出来るわけないだろ」
 ガイは立ち上がった。
「あの胡散臭い依頼、あれには恐らくトリックがある」
 突然立ち上がったガイに驚いたアルフレッドが質問する。
「トリック?」
「国軍はあの討伐の依頼をいくつも発した。それを受けたパーティは数え切れないほどあるだろう」
「そして私たちのように負けていったのか」
「ああ。だが、それで終わりじゃないんだ。依頼は戦いに負けたとしても、自分から解約しないと正式に依頼失敗にはならない。チャンスはいくらでもある」
「何度も死にかけろと言っているのか?」
 シンシアは少し声を低めて言った。
「そういうわけじゃない。ただ、今の俺らにも挑戦権はまだ残ってるってことだ。そして、今も尚戦っているパーティがいるとすると……」
「いくら魔族とはいえ、疲弊してくるかも?」
「そういうことだ、アル。そこで俺らが弱った魔族を叩く。それで依頼成功だ。その一部始終を酒場の方で報告書におこせば報酬が入ってくる。俺たちも、シンシアもな。恐らく報酬は山分けになるだろうが」
「そうか、やっと分かったぞ……」
 シンシアは何かに気づいたようだ。ガイがニヤリと笑う。
「これは単独パーティの依頼なんかじゃなかったんだ。複数パーティによる、非公式の小規模レイドだったんだ……」
 レイド――それは集団戦闘のことだ。本来ならレイドは国軍からの事前の通達のもと、細かい作戦会議などを通して行われる。今回のケースは異例中の異例というわけだ。
「それなら、この魔族討伐に関わる全てのパーティと組んで、本格的にレイドを行った方がいいのでは……」
「それじゃ、ダメなんだ。人間は欲深い生き物だからな」
 レイドでは報酬は山分けになる。参加パーティが多ければ多いほど、分け前が減ってしまうのだ。
「後で確認してみれば分かると思うが、恐らくこの依頼の報酬として書かれた額面は全て共通のはずだ。つまり、魔族が倒された時点で倒したパーティに金が行って自動的に他の依頼は破棄されるんだよ」
「早い者勝ちってことか……」
「あの額面こそ莫大な金額に見えるかもしれないが、数十人も集めてそれを山分けしたとなると、労力の割にあわないものになるだろう」
「考えたなぁ……」
「考えた、というより狡賢いな」
「そのために俺たち冒険者が危険な目に合っているんだからな。酷いもんだ」
「国軍もあんまり信用しすぎてはいけないってことなのかな……」
「このようなことが続くのなら、国軍に追求してみる必要があるかもしれないな」
 ガイが話し終わると、シンシアが空になったティーカップをソーサーに置き、腰を上げる。

「では、色々と世話になったな。私はもう行くとしよう」
 アルフレッドは驚いたような顔をした。
「え? 一緒に戦うんじゃないの?」
「同じパーティでもないのに行動を共にするのか?」
 ガイは呆れたような顔をする。
「おいおい、話聞いてたのかよ。ソロで勝てるような相手じゃないって話だったろ。俺だってあの魔族を倒したいんだ。協力してほしい」
「俺も乗りかかった船だし、一緒に戦いたい」
「でも……その、私他の人と行動するの慣れてないし……」
 シンシアがもじもじする。その様子を見たガイはフッと吹き出した。
「なるほど、お前パーティ組んだこと無いんじゃないか? 人に気を遣うのが嫌なんだろ」
「ち、違う!!」
 シンシアは顔を真っ赤にして声を張り上げた。そして、今度は小声になる。
「パーティは、組んだことある。でも、あんまりうまくいったことないんだ。だから何も考えなくていいソロでずっと活動してきた。
「だから、誘ってくれてるのが嬉しい反面、少し怖い、かも」
 それを聞くアルフレッドとガイはニコニコしていた。
「なんだ! 悪いか!!」
「いや、シンシアさん堅い人だと思ってたから」
「可愛い一面もあるんじゃねーか」
「馬鹿にしてるだろぉ!」
 シンシアは真っ赤になった顔を両手で覆っていた。
「別にパーティを組んで生活を共にしようってわけじゃないんだ。もっと気楽に考えてくれていいぞ。俺は魔族を倒すには俺たち三人が力を一つにしないと無理だと思ってる。手助けだと思って力を貸してくれ」
「……分かった」
 アルフレッドとガイはシンシアと握手を交わした。

「それで、今からどうする?」
「まず魔族がどこに行ったのか分からないことにはどうしようもないな」
「困ったときの酒場、だ」
 思い出したかのように、シンシアが言う。
「そうだ、弓矢をどうにかしないと……」
「そういえばさっきも言ってたな」
「武器屋で買ってきたらだめなんですか?」
「あの弓は、大事なものなんだ……。すまない、私が倒れていたところへ案内してくれないか?」
 アルフレッドとガイは頷いた。三人はシンシアの倒れていた国軍管理地へと向かうことにする。
「ヨーハンさん、お世話になりました」
「何から何まで、ほんとに助かった」
「いえいえ、困ったときにはまた寄りなさい。――”神の御加護のあらんことを”」
「? なんですか、それ」
「おまじないのようなものですよ」
「へぇ……」
「ともあれ、また会える日を楽しみにしていますよ。アルフレッド殿の洗礼もしなくちゃいけないですしな」
「ああ、そういえばそうだった。話が流れちゃってすいませんでした」
「連絡をくれればいつでも準備しておきますよ」
「はい、お願いします」
 三人はお辞儀して、大聖堂を出た。
「それじゃ、またあの場所に戻るか」
「あんなところ滅多に人が入るところじゃなさそうだから、恐らく残ってると思うんだが……」
「俺達も見落としてただけだと思います。弓が落ちてるなんて考えませんでしたから」
「まぁ、アルは怪我人を前にして慌てふためいてただけだったけどな!」
「ちょっと! それ言うなって!!」
「仲いいんだな、二人は」
「これでも昨日知り合ったばかりなんだぜ? パーティの申請をしたのも今日の朝だしな」
「そうなのか!? まるで昔からの知り合いみたいに見えたが……。一日でそこまで仲良くなれるのか」
「シンシアさんも仲良くしましょうよ!」
「……ああ」
 そう答えたシンシアの顔は少し曇っていた。

「この辺りだ」
 変わらず辺りは酷い有様だった。燃えきった木々はその形のまま炭化して、負のオブジェとなっていた。
 鬱蒼と茂っていた葉は殆どが落ち、その一角だけ季節が違うかのように錯覚した。
 手分けして弓の探索を始める。
 地面を探していたシンシアだが、急にぴたりと動きを止めた。
 その様子に気づいたアルフレッドが声をかけた。
「見つかりました?」
「しっ!」
 シンシアが息を潜めてアルフレッドを諌める。
「臭う……。魔物がいるぞっ!」
 シンシアは腰から短刀を取り出し、臨戦態勢を取った。
 ガイとアルフレッドもそれにならい得物を構え、三人は背中を向け合って敵を迎える準備をする。
「来るぞ……!!」
 シンシアが言った途端、林の奥から数匹の魔物が姿を現した。