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Wandering Wondering

Social/Journal

剣士志願者の聖譚曲

The Knight's Oratorio

仲間-Meet and Part-

次の日、バルドロの助言通りにアルフレッドは酒場に向かうことにした。
「酒場なんて無縁な世界だと思ってたんだけどなあ」
 そう独りごちながら、商業区目指して歩く。
 酒場はオリオルフェフト商業区に位置している。商業区はワークショップのある行政区を抜けてすぐだ。
 成人しないと入れない店に入るという未知の体験に着く前から心を躍らせていると、ある店がチラッと視界に入った――娼館だ。
 アルフレッドの実家の近くの商店街付近にもあるように、意外と需要が高く正式に一つの商売として成り立っているのが娼館だ。男性御用達のこの店は、不自由無いように国内に数店舗出店されている。詳しいことはアルフレッドには未知の世界だが、それが彼の心と体を奮い立たせた。
「俺、遂にあの店に入れるようになったんだな……」
 気持ち悪いくらいニヤニヤしながら、娼館を眺めるアルフレッド。鼻の下を伸ばしきったその姿は滑稽で側から見ると不審者そのものだった。
「ママー、どうしてあの人ずっとあのお店をながめてるの?」
「コラ! 見ちゃいけません!」
 親子連れが定番のやり取りをしたところで、アルフレッドは我に返った。それとともに途端に恥ずかしくなって茹蛸のように赤面した。
「……また今度にしよう」
 アルフレッドは何事も無かったかのような仕種で再び歩きだす。そして酒場らしき看板の矢印が地下を指しているのを見つけた。深淵へと続く地下への階段を下っていくと、アンティークなドアが出迎える。逸る気持ちを抑えながら、徐にドアに手をかけた。
からんからん
 ドアを開けると共にベルが鳴り、その音が入店の合図をする。
 アルフレッドは幼少期に鑑賞した演劇や小説などの知識や記憶から、酒場に対して静かだとか、色気のあるイメージ――いわゆるオーセンティック・バーのような印象を抱いていた。
がしゃああん
 しかし、そんなものは一瞬で砕け散った。ドアを開けた瞬間に、アルフレッドの耳に騒音が鳴り響いたのだ。
 酒場内は荒れていた。一言で表せばそこは――一部だけだが――戦場だった。
「お前のせいだろ!? どう責任取ってくれんだよ! あぁ?」
「それはこっちのセリフだ!! 元々こんな胡散臭い依頼を受けるべきじゃなかったんだ……俺はちゃんと受理するのを止めたんだからな! お前の我儘のせいで俺は命を失いかけたんだ!! 責任を取るのはそっちだろうが!!」
 二人の男が酒場の中央テーブルで取っ組みあっている。しかし、それに目もくれず他の客は食事をしたり、連れと駄弁ったり、酒場の端の掲示板――パーティ募集や、依頼情報が載っているのだろう――を眺めていた。
「な……なんだこりゃああ!? お、おい! 止めなくて良いのかよ!?」
 アルフレッドは近くの中年の男に問う。返事には嘲笑が混じっていた。
「さては、あんた新参だな? こういう個人間の争いには首を突っ込まないのがここのルールだぜ?」
「そんなぁ……」
 そんな事実を聞いたアルフレッドは、それでも諦めきれず、カウンターで騒ぎを見守るマスターに直接頼むことにした。
「あの二人を止めて下さい!!」
「何でだ?」
「だって……もう、食器とかメチャクチャですよ? 他のお客さんにも迷惑かかるし、いいんですか?」
「ああ、食器代はちゃんと請求するし、周りも気にしてないし何も問題じゃない」
「そんな問題じゃなくて……」
「じゃあ、どんな問題なんだい?」
 アルフレッドは言葉を切らした。アルフレッドには騒ぎを止める義理も理由も無い。思いつきのまま、自分の中の善行の様なものにとらわれて動いただけだった。しかし、それは主観的な正義で、当人達と全く関わりのない者が口を出すことではないとアルフレッドは気づいたのだった。
「人ってのは、面白いものだよ。あれだけ喧嘩しても、心の奥では信頼しきっている。逆に、心の奥まで知っているから本気で拳を交えられるのかもな……見てみろよ」
 酒場のマスターに興奮を宥められ喧騒の行く末を見届けた。

「はぁ……はぁ……くっそ、もういい。パーティ解散だ」
 二人の内の、軽鎧を身につけた、戦士のなりをした男が言い出す。
「へっ、俺がいないと生きていけねえくせに……そんな強がり言いやがって、本当は引き止めて欲しいんだろ?」
 ローブの男が言うが、戦士の男は真面目な顔で言葉を返した。
「いや、本気だ」
 ローブの男の顔つきが変わった。それは驚きに満ちたものだった。
「な……どうしてだよ!? 契約金持ってかれて一文無しだろ!? 一人じゃ生活出来ないはずだ!!」
「そんなのどうにでもなる。それにこんな文無しの俺の分の金を、これからお前が負担するとなると……これ以上迷惑掛けていられない」
「これからどうするつもりだよ……」
「少しずつ魔物でも狩って、修行しながら金は集めるさ。ソロ最強でも目指すよ」
「待ってくれよ……お前と一緒に戦った三年間、楽しかったんだ……こんな別れ方ねぇよ……」
「ああ、俺も楽しかったさ。そうだ、俺、金ないからさ、酒代に食器代、頼むわ」
「馬鹿野郎……納得できねえ……納得できねえよ!!」
 ローブの男が戦士の肩を掴んだ。
「なぁ、もう一度考えなおせ!! 何か悩んでるのか? 話してみろよ!!」
「しつこいぞ!!」
 戦士が、乱暴にローブの男の腕を払いのけた。
「元々そのつもりだったんだ。言うタイミングが無かっただけでさ。もう止めてくれるな」
「そんな……」
 ローブの男は呆然と立ち尽くした。
「じゃあな、ガイ」
 戦士は振り返ることなく、手だけ振って酒場から出て行った。
「ふざけんなよ……シャルル……」
 力が抜けたかのように、ローブの男はドサリと椅子にもたれかかった。割れたグラスに残った僅かなウィスキーとそれに浮かぶ氷を、心ここにあらずといった様子で眺めていた。

「面白いよな、人間ってのはよ」
「いや、結局あの人納得いってないみたいだけど……」
「じきに受け入れるさ……それに、彼らの結末は今じゃないよ」
「どういうことです?」
「若造のお前には分からねぇだろうな! 結末を決めるのは彼ら自身なのさ」
「分かったような、分からないような……」
「彼らがここでおしまいだって決めたなら、それが最悪の結末でも幕を下ろすだろうよ。人生ってそんなもんだ」
「やっぱり分からないです! もういいや、何か飲み物ください!」
 酒場のマスターの言うことを理解できぬまま、アルフレッドはお酒を頼むことにした。
「何にする?」
「ええーと……アルコール初めてだからなぁ」
 アルフレッドはメニューを見て悩む。しかし、見慣れない名前からどんな飲み物なのか想像も付かなかったため、マスターのオススメを頼むことにした。
「そうだなー……なんといってもタラゼド直送のテキーラを使った、テキーラ・サンライズがオススメだ」
「……どんな飲み物です?」
 聞いたこともない飲み物に、アルフレッドは戸惑う。
「見てみるのが早いと思うが……ただ初めてならスクリュードライバーの方が飲みやすいかもなぁ」
「それも分からないですって! 最初のでお願いします!」
 注文を受けたマスターは慣れた手つきでグラスに氷を入れ、透明な液体を注ぎ込む。
 続いてオレンジジュースのようなものを注ぐと、最後にスプーンでシロップを加えた。
「ほらよ」
「おおー……」
「このオレンジのグラデーションがイカしてるだろ。日の出みたいにみえるから、サンライズってのが名前についてるんだ」
 アルフレッドはマスターに指示されマドラーでグラスの中をかき混ぜる。
「ほら、飲んでみろ」
「……おいしい!」
「だろ! ただ、少しずつ飲んだ方がいいぞ。テキーラの度数が高くてアルコールがすぐ体に回っちまうから……」
「おかわり!!」
 アルフレッドは空になったグラスをカウンターに力強く置いて、次の一杯を催促する。
「おおっ、意外とイケるクチなのか? よし、次はテキーラ・サンセットにしてみるか」
 先ほどと同じようにグラスに氷を入れてテキーラを注ぎ、今度はオレンジジュースの代わりにレモンジュースを注いだ。
 そしてシロップを注ぐと綺麗なグラデーションが形成され、アルフレッドの目の前にグラスが置かれた。
「このカクテルがテキーラ・サンセットと言われる所以だが、先ほどのテキーラ・サンライズと対照的に、夕暮れをイメージしたカクテルであって……って飲むの早すぎるだろ!?」
 マスターが語っている途中にテキーラ・サンセットを一気飲みしたアルフレッド。
 先ほどまで上機嫌だったはずが、急に無口になった。
「おっと、これはマズいぞ……」
 マスターはカウンターの下で何かを探り始めたかと思うと、バケツを取り出してアルフレッドの元へ駆け寄った。
 アルフレッドはというと、先ほどは少し赤かっただけの頬が、青白くなっている。
 そしてぐらりとバランスを崩して椅子ごと倒れこんだ。
 呼吸が荒くなり、苦悶の表情を浮かべている。
「落ち着け、深呼吸しろ。そうだ、吸って、吐いて、もう一回吸って、吐いて」
 マスターに背中を擦られながら、深呼吸する。すると、胃から逆流する液体を体が感じ取った。
 それが食道を通るか通るまいかで暴れているのが分かる。
(もうダメだ……ッ!!)
 アルフレッドは全てを受け入れた。

夢を見ていた。
「お母さん、あれは何?」
 まだアルフレッドは何も知らない無垢な子供だった。
「アル、あれはね、もういい年した中年のおじさんが、仕事を失ってヤケ酒して潰れてる姿よ」
「へー」
「アルもああならないように気をつけてね」
「はーい」

「大丈夫か?」
「はっ!?」
 アルフレッドは口元を輝かせながら、少しの間放心状態になっていた。
「俺は一体……」
「ゲロったんだよ。間一髪俺がバケツを設置したから大惨事にはならなかったがな」
「ありがとうございます……」
 口の中が胃酸でとても気持ち悪い。
「何か飲むか?」
「水をお願いします!!」
 アルフレッドは強調して頼んだ。

「まぁ、こうなるとは思ってたけどね」
「なんで言わなかったんですか!」
 アルフレッドは水を飲み干しながら怒鳴る。
「言ったけど聞く耳なしって感じだったし」
「マジか……おぇっぷ」
「ハハハ、まぁハメを外しすぎないことだ。いい教訓になったな」
「本当それですよ……」
 そう言って、アルフレッドは本来の目的を思い出した。
「そういえば、聞きたいことがあるんですけど」
「ん、何だ?」
「ここでパーティ募集してるんですよね?」
「ああ、そこの掲示板に募集やら、依頼やら貼り紙してあるぞ」
 マスターの指す先に、沢山の紙の貼られたコルクボードがある。
 アルフレッドは、勘定を済ませそのコルクボードのところへ移動した。

「ええと……パーティ募集の……剣士は、無いか……」
 全ての貼り紙に目を通したところ、アルフレッドの様な初心者の剣士を受け入れたいというパーティは見当たらなかった。
「どうしよう……」
 アルフレッドが焦る中、同じ状態の男が一人。
「魔導師魔導師……うげっ!エンチャンターかよ!メイジは!?無いし……くそ、どうしよ」
 そして、彼と目があった。先ほど騒動を起こしていたローブの男だ。
「お前はさっき横槍入れようしてた新参じゃねーか」
 その男はアルフレッドより十センチ程背が高く、丈の長いローブを身に纏っている。なるほど魔術師だったのだ。
「入れそうなパーティ、無いのか?」
「まあな」
「お前、職業は?」
「剣士だけど」
「ふーん……」
 男は少し考えるような素振りを見せ、そして軽々とその言葉を口に出した。

「俺とパーティを組まないか?」

アルフレッドはすぐにその意味を理解出来なかった。男の唐突さと、先ほどの騒動を見ていたからだ。
「え、いいの?」
「お互い入るパーティ無さそうだし……だめか?」
「そういうわけじゃ……でも前の人に未練とかないの?」
「無いって言ったら嘘になる。と、いうか滅茶苦茶ある」
「おいおい」
「でもな、立ち止まってるわけにはいかない。いつまでもアイツの影を追い続けるだけじゃだめなんだ」
 男は飄々とした素振りをしていたが、それなりの覚悟は見受けられた。
 アルフレッドは何か申し訳ない気持ちになった。
 それだけの覚悟に応えられるものを、彼は持っていないと感じたからだ。
「俺なんかでいいの?」
 アルフレッドは昨日就職したばかりだ。もっと言うと、昨日将来の目標に出会ったばかりだ。彼の数年来の仲間との決別と比べると、自分がいかにちっぽけであるか思い知らされる。
「全然構わないって。昨日就職したとかじゃないでしょ、流石に」
 アルフレッドは冷や汗をかく。
「まさか……」
「……そのまさかだよ」
「あ、あははは!冗談だよ冗談!!別に経験とか俺気にしないし、今は仲間が欲しいんだ」
「仲間……」
 初めて向けられたその言葉。たった三文字の言葉なのに、それは特別なものに感じられた。
「俺はアルフレッド・ガルシア。昨日、剣士になったばかりだ、よろしく」
「俺はガイ・マデューカスだ。お前より三つ年上だ。職は魔術師ベース、中でも攻撃専門のメイジだ。よろしくな」
 ガイは手を差し出した。アルフレッドはそれに応える。
 固い友情の証が、パーティという枠組みによって築かれた。それが、後にかけがえの無いものになっていくと知らずに。

「あれ?年上?うわあ、ずっと同い年感覚で喋ってた」
 アルフレッドが一人で慌てふためく。
「三年間パーティ組んでたって聞いてただろ。まあ言葉遣いとか俺気にしないよ。寧ろ敬語で堅苦しくなられるよりかは話しやすい方がいいだろ」
「そ、そうか、ありがとう」
 アルフレッドは照れ臭くなった。彼に現在親友と呼べる程の友人はいなかった。初対面でここまで親しくなれた人は今までいなかった故に、どんな対応をすればいいのか困っていた。
「何はともあれ、パーティ結成記念だ! パーっと飲もうぜ!!
マスター! ウィスキー、ロックふたつ!」
 ガイが丸テーブルを陣取ってマスターに注文をする。
「ちょっと待ってよ! 俺、さっき吐いたばかりで!」
「その経験が後に活きてくるのさ! 今のうちに慣れとけ!」
「そんなぁ……」
「はい、ウィスキーのロックふたつね」
 マスターがテーブルの上にコトリとグラスを置いた。
「それじゃ、パーティ結成を祝して、乾杯」
 それぞれのグラスをぶつけ、チンと音を鳴らす。それは今の二人のように、ささやかに行われた。
 ガイはその匂いを嗅ぎ、ひとくち分口の中で転がして味を愉しむ。
「うーん、このスモーキーさがやっぱり堪らないぜ。これはアルビオンのシングルモルトだな。さすがマスター、こいつを置いてるなんて分かってるな」
「何を言ってるのか全然分からない」
「ほら、アルフレッドも飲めよ」
「アルでいいよ……って苦っ!! 臭っ!」
「そのピート臭が堪らないってのに。まぁ最初はそんなもんなのかな。そのうちおいしさが分かってくるさ」
「分からなくてもいいかも……」
「酒が飲めないと人生の半分は損してるって! 飲んでるうちに慣れてくるよ」
 そういわれ、アルフレッドはちびちびとウィスキーを飲んでいく。
「そういえば、昨日剣士になったばかりって言ってたよな。研修とかあるんじゃないの?」
「そうなんだけどさ、ギルドが半壊して今は出来る状況じゃないらしい。ギルド長にパーティ組んでみろって言われてここ来たんだ」
「ギルドが半壊!? どうしてそんなことに?」
 ガイが驚いた表情を浮かべる。それも無理のないことだ。研修が行われないほどギルドが使えないなんて滅多にないことだ。
「魔物が襲ってきたんだ、ギルドでの試験中に。結構な数が押し寄せたみたいで、なんとか全滅できたものの被害も大きかったんだ」
「そんなことが……でも、保護区内に魔物が入ってくるなんてそんなに無いことだろ?」
「うん、安全なはずの保護区内なのにな……結局はなんで魔物が襲ってきたかは分からないまま。単に俺が知らされていないだけかもしれないけど」
「そうかぁ。なんというか、タイミング悪い時に就職したんだな……マスター、ロックもう一杯くれ! アルはまだ何か飲む?」
「もうお酒は飲みたくないなぁ……口直しに何か飲んでおくか。あ、ミルクあるじゃん」
「おい、それは……」
「マスター! カルーアミルク一つ!」
「あーあ」
 ガイが遅かったか、という顔をする。
 二人の頼んだ飲み物をマスターがすぐに持ってきた。
「ほら、ウィスキーロックとカルーアミルクだ」
「カルーアミルクってコーヒー牛乳みたいだな」
 アルフレッドはそれをじっくりと観察し、あろうことか一気に飲み干した!
 ガイはもう見てられないといった様子だ。
「た、確かにコーヒー牛乳だけど……お酒じゃん」
 アルコールの許容を超えたアルフレッドはとうとう机の上で突っ伏して爆睡を始めた。
「……若いなぁ」
 ガイはグラスを回して氷とウィスキーを混ぜ、アルフレッドを穏やかな表情で見つめながらウィスキーを啜った。

「おい、起きろ」
「……ん? ここは」
「酒場だよ、まさか朝まで目を覚まさないとは」
 マスターに頭を叩かれたアルフレッドが目を覚ます。前に座っているガイが笑いながら喋る。どうやら一晩中酒場のテーブルに突っ伏したまま寝てたらしい。
「お前のせいで店じまい出来なかったろーが。今から掃除と仕込みしないといけねえから、出てった出てった」
 不機嫌なマスターに追い出されるようにして店を出た。
「頭いてー」
「あれだけで二日酔いかよ」
「うるせー、つーか今から何するんだ」
「何をするにも、まずはパーティの申請をしなきゃな」
「パーティの申請?」
「俺達はパーティを組んだと言ってもまだ口約束の段階だ。公式に結成するにはワークショップに申請して登録しないといけないんだ」
「そうだったのか」
「酒場で依頼を受けるとき、酒場が依頼受理の代行をしてくれるんだが、公式に登録されたパーティ名簿にないパーティは受理してもらえないんだ
 パーティで仕事を始めるなら、まずこれをしないと始まらない」
「なるほどなー」
 ガイの説明に納得し、二人はワークショップまで歩き始めた。

先日に続き再び来たワークショップ。ゴシック様式の建物は相変わらず毅然と聳えていた。
 広い館内を迷うことなくガイは歩いていく。
「こっちだ」
「慣れてるなあ」
「何回も来ていれば慣れるよ」
 すぐに二人はパーティ課の窓口にたどり着いた。
「今日はどういったご用件で?」
「パーティの結成を」
「かしこまりました。それではこちらの登録用紙に記入をお願いします」
 そういって係員が用紙をガイに手渡した。
 後方のテーブルで書き込むことにする。
「まずは人数とメンバーか……」
 ガイはスラスラと要項を埋めていく。
「名前はアルフレッド・ガルシアで間違ってないよな?」
「うん」
「戦闘経験は0年0ヶ月、と」
 ガクッと項垂れるアルフレッド。その通りなのが微妙に悔しい。

「……っと、こんなもんかな」
 気づけばガイは登録用紙に記入を終えていた。
 その紙を持って窓口に向かうと、少ししてすぐに戻ってきた。
「よーし、これでパーティ結成だ!」
「はやっ!?」
 アルフレッドは何もしないままパーティが結成されてしまった。
「他に何かすることないの?」
「特に無いぞ? もう全国のパーティのデータベースに登録されて、公認の店から情報を取り出せるようになってる。どこの酒場からも依頼を受けることができるし、依頼をこなせば自動的にパーティの貢献度が上がっていって、貢献度ランキングにも参加できる」
「無駄にハイテクだなぁおい!」
 ともあれ、アルフレッドとガイは無事にパーティを組むことができ、ワークショップを後にした。

「で、これからどうするよ?」
 ガイがアルフレッドに尋ねる。
「うーん、とりあえず依頼を受けてみたいし、討伐みたいなこともしてみたいかな」
「なるほどな……簡単なお使いの依頼でもあるといいけどなあ。いずれにせよ酒場に行かないと、どんな依頼が出ているか確認できねえ。酒場に戻るか」
「わかった」

「ガイはさ、どうしてパーティを解散なんてしたの?」
 酒場への道中、アルフレッドが不意にガイに尋ねる。
 その問いにガイは簡単に返事した。
「そりゃ、仲違いしたから」
「それは分かってる。その理由だよ」
 アルフレッドはガイが喧嘩していたのを側で見ていた。だから一部始終は理解している。
 依頼で失敗した、命を失いかけた、そういうことだ。しかし、そうなった原因は何なのか。そんな危険な依頼を受けていたのか。
「野暮なことなのかもしれないけど」
 アルフレッドはガイとパーティを組んだ。故にこのことははっきり知っておかなければならない、そう感じたのだった。
 ガイは喋るのをためらった。しかし、決心したのか徐々にその口を開き始める。
「……実は――
 突然、ガイは言葉を区切った。その眼はアルフレッドではなく遠くを向いている。
「あれは……黒煙?」
 その言葉を聞いたアルフレッドも振り返った。確かに黒黒とした煙が立ち上っている。
「何かあったのか!?」
「行ってみよう!!」

「こっちだな……」
 黒煙の場所を頼りに、街道の外れの雑木林へと駆ける二人。
 アルフレッドは途中の立て札に気づいた。
「国軍管理地?」
「国軍の官地かよ……でもウダウダ言ってる場合じゃないしな」
 オリオルフェスト国軍は名前の通り国が所有している軍隊である。ワーカーが名誉や報酬を求める民間人の集団であるのとは対称的に、国全体の治安維持や外敵からの防衛などを目的とした組織である。
 国軍管理地は簡単にいえば国軍が占領している土地だ。その用途は様々であるが、民間人が入ることの出来ない禁足地であることは一般常識であった。
 アルフレッドとガイはそんなことに構いもせず足を踏み入れた。
 次第に例の黒煙へと近づいていく二人。ようやく、その発生源にたどり着いたようだ。
 その惨状は目に見えていた。どこからか発生した炎が木々に引火して、煙が舞い上がっていた。
「おい、あれ!!」
 アルフレッドは何かを見つけて指差した。
 そこには、一人の女性がうつ伏せで倒れていた。
「大丈夫ですか!?」
 アルフレッドは女性に駆け寄った。彼女は荒い呼吸を繰り返していて苦しそうだ。
 そんな苦悶の表情を浮かべている女性にアルフレッドは優しく語りかける。
「俺達が助けますから、もう少し頑張ってください」
 ふと、彼女の脇腹がアルフレッドの視界に飛び込んだ。彼女の脇腹からは、衣服の上からでも分かるほど血が溢れだしていた。
 その様子にガイも気づいたみたいだ。
「まずいな……傷が深い」
「ガイは魔導士なんでしょ? 回復魔法で傷を塞いでよ!」
 そんなアルフレッドの申し出に、ガイは皮肉ったように返す。
「魔導士に回復魔法は使えない。回復魔法が使えるのは僧侶系列だけだ」
「そんな……どうすれば……」
 アルフレッドは焦っていた。彼女を助けなければという思いに駆られるだけで、具体的な方法は何も思いつかなかった。
「考えろ……考えるんだ……」
 頭を抱えているアルフレッドを尻目に、ガイは自分のローブの裾を破いた。
「!? 何を……」
「見て分からないか? 止血だ」
 ガイは慣れた手つきで、そのローブの切れ端を包帯のように彼女の脇腹に巻いていく。アルフレッドはその様子を見守っていた。
「僧侶じゃなくても、応急処置くらいは出来るようになっておかないとな」
 処置を終えたガイは周囲を見渡した。
「他には誰もいないな。なんでこんなところに一人で……」
 女性には脇腹の怪我の他にも、細かい切り傷があった。
 周りの木々の樹皮が所々剥がれていたり、枝も折れたりしていた。
 そして自然に発火したのではないであろう、木々や落葉から迸る炎。舞い上る黒煙。それらは明らかに魔物と交戦した痕跡であった。
 ガイは女性をおぶり、歩き出した。
「厄介事に巻き込まれる前に帰るか、アル?」
 ガイの呼びかけがアルフレッドには聞こえていないようだ。
「アルフレッド!!」
 アルフレッドはハッとした表情をして、我に返った。
「ごめん、ボーッとしてた」
 ガイはアルフレッドの側に行き、彼を諭した。
「うまく動けなかったのがショックだったのかもしれないが、最初は誰だってそうだ。何事も経験だ。あんまり気負うことは無いぞ」
「うん……」
「ほら、行くぞ」
 歩き始めたガイの後ろをアルフレッドが付いて行く。その足取りは未だ重いままだった。