Menu

Wandering Wondering

Social/Journal

剣士志願者の聖譚曲

The Knight's Oratorio

漆黒の甲冑 -Dark Knight-

敵の出現場所へ、二人は走る。そこは恐らくアルフレッドが通ってきた入り口方面だ。アルフレッドはそこから通路を通って一直線にリングの場所まで来たので、元来たルートを辿って行けば敵と接触出来ると考えた。
 アルフレッドとライドの読みは間違っていなかった。アルフレッドの頭上を何かが通り過ぎる。
「モタモタすんな!そいつはコカトリスだ!つつかれると石になるぞ!」
 ライドの忠告を聞き焦るアルフレッド。再び飛来するコカトリスを払うために目を閉じて手に持った木刀を出鱈目に振り回す。
「来るな~~!!」
 ゴン、と鈍い音が響いた。
 適当に繰り出したアルフレッドの一手がコカトリスに直撃したみたいだ。
 アルフレッドは恐る恐る目を開けると一羽の鳥――コカトリスが地面に落ちていた。
「うん、今のはマグレだ」
「マグレは実力の内じゃないのか……」
「気を抜くな、まだ敵を殲滅できたわけじゃないぞ」
 落胆したアルフレッドは、ライドの言葉で再び気を引き締める。

ライドの言葉通り、次の魔物達の群れが入り口に到着していたみたいだった。
「こいつらはちょっと厄介かもな……お前にとっては」
 ライドはアルフレッドに目を傾けながらぼやいた。
 現れたのは蜥蜴兵士リザードマン。二足歩行の蜥蜴型の魔物である。硬い皮膚を持ち、並の攻撃は全て弾かれる。武装としてククリ状の刃物を手にし、その上少しばかりか知能を持つ。ただ攻撃するだけではなく、攻撃をかわしたり、防御したり、隙を突いたりと戦闘の幅は通常の魔物と比べると段違いに広い。
「恐らくこいつらで最後だな」
「何でそう言い切れるんですか?」
蜥蜴兵士リザードマンは頭がいいからな」
「……?」
 ライドが言ったのはこういうことだ。知能があるということは、魔物としての階級も高い。それ故、グループの統率役に任命されやすい。本当の親玉が自ら敵地に踏み出すことはないため、中将クラスの魔物の方が突撃部隊の長になる可能性が高いのだ。
「三匹か……二匹は俺に任せろ。後の一匹は頼んだ」
 ライドが口火を切って動きだす。手慣れたモーションで、いとも簡単に三匹を二手に分断させた。
「よし……っ! やってやるぞ……」
 アルフレッドが蜥蜴兵士リザードマン一匹と睨み合う。此方が木刀であるのに対して向こうは真剣。どう考えても分が悪い。敵もそれを理解しているのか、猛然と攻撃を仕掛けてくる。
 それを防ぐのに手いっぱいで反撃に移れないアルフレッド。それを見かねたライドは、何かを投げつけた。
「こいつを使え!」
 既に一匹を倒したライドが、それからククリを剥ぎ取ってこちらに投げたのだ。
 これで武器は五分五分。後は勝敗を分けるのは、各々の実力のみだ。
「はあぁっ!」
 鍔迫り合いに競り勝ったアルフレッドが一気に反撃に出る。怯んだ蜥蜴兵士リザードマンの左腕めがけてククリを振り切る。
 しかし、攻撃は通らなかった。甲殻のような鱗に弾かれたのだ。
「どうしろってんだ……」
 アルフレッドが考える内に蜥蜴兵士リザードマンも体制を立て直し、剣を構える。
 ――どこもかしこも硬い皮膚で覆われてるわけじゃないはずだ。必ず、弱点があるはず……
 そこで蜥蜴兵士リザードマンの全身が視界に入った。
 身体の外側や四肢は紺青の鱗で覆われているが、首元から腹部にかけては人間の皮膚に近い色をしており、そしてゴワゴワした紺青の鱗よりも脂ぎって艷やかであった。
 ここで、アルフレッドの頭の中であることを思いついた。
 人間の急所は身体の正中線上にあると言われている。眉間、顎、喉仏、鳩尾、陰部など――
 一つ一つバラバラなピースを繋ぎ合わせていく。
 人間ならば、急所を守るために防具を装備する。しかし、魔物にはそのような手段は無い。二足歩行で人型の蜥蜴兵士も、急所は人間と似ているのではないか。アルフレッドはそう考えた。
 脳内で次なる動きを整理し、攻撃をいなしつつもモーションに入る。
「ここだあああああ!!」
 アルフレッドはククリを反転させ、柄頭部分を蜥蜴兵士リザードマンの顎めがけて突き上げる。
 仰け反った蜥蜴兵士リザードマンの正面が露わになる。アルフレッドはそれを見逃さなかった。
 喉元にククリを突き立てる。しかし上手く突き刺さらない。もう一度力を込めて押し出すと、乳白色の艶のかかった肌から血が滲み出し、刃が受け入れられた。
 アルフレッドは躰の裏側まで滑り込んだ刃を真下に振り下ろした。途中骨にぶち当たるもお構いなしに力任せにククリを下ろす。断裂した肉がミチミチと小気味良い音を立てて大量の血が噴出し、躯幹は綺麗にまっ二つに分断された。血の供給の絶たれた半身は幾度か痙攣を繰り返し、やがて息絶え完全に動かなくなった。
「はぁ……はぁ……」
 初めて魔物を斬った。アルフレッドは、悪である魔物にも関わらず、それを殺したことについて罪悪感を感じていた。命のやり取りがここまで熾烈なものとは知らず、言葉で表すことのできない感情を抱いた。
 ぱちぱちぱち……
 突然、背後から乾いた拍手が聞こえる。
 そこには、二体の蜥蜴兵士リザードマンを倒し、血塗れになった――返り血に染まったライドが立っていた。勿論傷一つ無く、何食わぬ顔をしていた。
「中々いい戦いだった。あの場面でそこまで頭が働くのは素人にしては上出来だ」
「俺、何も間違ってないですよね?」
「何が?」
「血って凄いですよね。どんなに興奮していても、一気に正気に戻してくれる」
「殺すのを躊躇っているのか」
「そんな事ないです。ただ、怖くなって」
 アルフレッドは三つの死体を眺める。
「あれは悪だから殺していい。それなら、悪って誰が決めたんでしょう」
「誰がなんて無い。大衆がそう言っているから悪なんだ」
「なら、大衆が同じ人間を悪としたらどうなるんでしょう。人が人同士で殺し合いをしなければならない。そして、あれと同じようなものが沢山できる」
「……」
「もしかして、人間どうしが殺し合わないために、同族に憎しみを抱かせないように、魔物を殺してるんじゃないのか……? 恐れるべきは、人間同士の戦いなんじゃ……」
「バカバカしい。そんなの詭弁だ」
 予想外のライドの発言に、アルフレッドは驚く。
「人間は魔物に居場所を侵略されてきた。取り返すために戦うのは必然だ。人間同士の戦いが怖い? それは違う。最も恐れるべきは、自分が死んだときだ」
「……そりゃ、死ぬのは怖いです」
「いつ死ぬか分からない。死と生は隣り合わせだ。予想出来ないから、恐怖なんだ」
「何が言いたいんです?」
「何も恐れることなんてない」
「え?」
「死は覚悟しておけば怖くない。一番怖いことが死なら、いつ死んでもいいように準備しておけばいいんだ。そうすれば怖いことなんて一つもねえよ」
「……なんで、ライドさんはそんなに強いんですか?」
 その質問に、ライドは顔を曇らせた。それは笑ってはいるが、先ほどまでにはない悲嘆を含んでいた。
「……こんなの、虚栄だ」
 そして、我に帰ったかのように先ほどまでの顔に戻る。
「なーんてな! そりゃ、俺が最強、『無敗の猛者』だからに決まってるだろうが!」
「はいはい、分かりましたよ……さ、広間に戻りましょう」
 アルフレッドが呆れてリングのある広間に戻るよう促した。
「人間どうしの戦い、か……」
 アルフレッドの後ろで、ライドがぼそりと呟いた。
 その曇った表情を、アルフレッドは知る由もなかった。

「お疲れ、怪我はないか?」
 試験会場だった広間に帰還すると、見覚えのある大男がそこにいた。
「はい、大丈夫です」
 怪訝そうな顔をするアルフレッドに対し、大男が喋る。
「ああ、自己紹介がまだであったな。儂はバルドロ・アームストロング。剣士ギルド長を務めさせてもらっている」
 その男は、ギルドの入り口で一言会話を交わし、試験前に助言をくれた人物だった。
「コイツ、中々筋があるぜ」
 ライドがアルフレッドの肩を叩きながらバルドロに言う。
「ライドがそういうのか。中々無いことだぞ、アルフレッド君」
「あ、ありがとうございます……!」
「これなら剣士ギルドでもやっていけそうだな」
 と、そこへもう一人男が戻ってくる。
「あー、疲れたぜー」
 グレイブが帰ってきたようだ。手には大きな袋を携えている。
 皆がそれに注目していると、グレイブが説明を始めた。
「向こうに骸骨剣士スケルトンがいたから応戦したんだけど、あいつら凄い硬いんだな。剣じゃ斬れねぇし……」
「で、どうしたんだ?」
 バルドロが圧をかけながら言う。グレイブは弁明するように応えた。
「そ、それで、戦ってるうちにバラバラになったんだ。ピクリとも動かなくなって……道端に置いたままにするのもアレだから、袋にいれて持ってきたんだけど……」
「成る程な……」
 グレイブが媚びるような笑顔を浮かべているが、バルドロの顔は険しくなるばかりだった。
 バルドロは目を伏せ、深く息を吸う。

「そいつから離れろォォ!!」

 バルドロが目を見開き、グレイブの持つ袋を指して叫ぶ。
 その瞬間、袋の中から鋭利に尖った骨が四方に放たれた。
 幸い、バルドロの警戒のお陰で誰も怪我はしていないようだ。
 しかし、事はそれだけでは終了しなかった。四方に飛び散った骨が再び一箇所に集まり、一つの形を形成した。
「な……!生きてたのか!?」
 その姿は、まさしくグレイブと対峙していた骸骨剣士スケルトンだった。
「正確には元々生きてはいない。アンデッドだ」
 バルドロが拳を構える。
「え、あの人、剣も無しに素手で戦うつもりですか?」
 アルフレッドがライドに尋ねる。
「あの人は剣闘士って言ってな、剣士と格闘家のスペシャリストだ」
「へぇ……」
「さて、久々にお手並み拝見させてもらおうかね」

バルドロが左手に力を集中し、そこに仄かな陽炎が出来る。
「行くぞ!魔物よ!!」
 一歩踏み出した、と思いきや、バルドロの姿は骸骨剣士スケルトンの目前。
「はあああ!!」
 バルドロが繰り出したのは『短頸』。それにより、骸骨剣士スケルトンは後方に大きく吹き飛ばされた。
「グレイブ!!」
「了解ッス!!」
 グレイブがバルドロに大剣を投げつける。バルドロはそれを空中で捕まえ、そのままの勢いで骸骨剣士スケルトン目がけて振り下ろす。
 それは綺麗に骸骨剣士スケルトンへと直撃した。
 相手の骨から嫌な音がし、それが修復出来ない程までに砕け散ったことを確認すると、バルドロは踵を返した。
「アンデッド成仏用の棺を用意しろ」
 しかし、骸骨剣士スケルトンは死んではいなかった。
 残った頭蓋のみを浮遊させ、突進し此方へ襲いかかる。
 バルドロが身構える。だが、敵の狙いはバルドロでは無かった。骸骨剣士スケルトンの頭蓋は身構えたバルドロを通り過ぎ、後ろの者達を襲った。
「いかん! 狙いはお前らだ!!」
 その骸の直線上には、アルフレッドが無防備に立っていた。
「避けろ! アルフレッド!!」
 グレイブが叫ぶ。しかし、迫り来る頭蓋を前に逃げる余裕など無い。
 そして、頭蓋がアルフレッドに到達した。
 ライドは、その瞬間を見逃さなかった。

「こんな素人が……居合だと……?」

 アルフレッドは咄嗟にククリを抜いていた。その一の太刀で見事に骸骨剣士スケルトンの頭蓋を斬り抜いた。
 しかし、それは特定の上級職でしか使用出来ないはずの『居合抜き』。
 アルフレッドは、それを無意識の内に発動させていた。

「倒したのか……?」
 アルフレッドが恐る恐る静止した骨に近づく。今度こそ、絶命したみたいだ。
「無事か、アルフレッド。今のは見事だった」
 バルドロが戻ってくる。
「さて、こいつの処理をしなければならぬが……」
 バルドロが悩むのも無理はない。骸骨剣士スケルトンの様な不死――アンデッドは一度絶命しても、成仏させなければ時間を置くと何度でも蘇る。完全に成仏させるためにはちゃんとした儀式が必要になるのだが、それが可能なのは僧侶などの限られた職業だけだ。
 現在の剣士ギルド内にはそれを出来る人材がおらず、途方に暮れていた。
 しかし、その問題はすぐに解決される。――新たな問題と引き換えに。
「僕がやりますよ、バルドロさん」
 その声はアルフレッドにとって、どこか懐かしく思えるものだった。
「もしかして……?」
 漆黒の鎧を纏った騎士が、大きな棺――アンデッドを葬るためのものであろう――を携えて佇んでいた。
「俺を助けてくれた騎士さん……?」
「覚えてたの? また会えたね」
 アルフレッドの喜びとは裏腹に、ギルドの人間は顔を曇らせた。
「よくも抜け抜けと戻ってこれたな」
「もうここには来るなと言っておったであろう? それを自ら破りにくるとは、喧嘩でも売っているのか、貴様は」
「……」
 グレイブ、バルドロは人が変わったように刺々しい態度を取る。唯一、ライドだけが無口で成り行きを傍観していた。
「僕は単に警備隊としての役割を果たしに来ただけです」
 漆黒の騎士は骸骨剣士スケルトンの骨を棺に詰めながら言う。
 そんな無抵抗の騎士に、バルドロは追い打ちをかける。
「ここは貴様の居てよい場所ではない!! 帰れ、イワン・マクラーレン!!」
 バルドロの叫びは、単に騎士を嫌っているだけの様では無かった。恰も、本当に騎士が悪者であるかの様な物言いに、アルフレッドは聞こえた。
「本名を明かすのは卑怯ですよ、ス……おっと、バルドロさん」
「貴様……儂を愚弄するかぁ!!」

「やめてください!!」
 アルフレッドはとうとう耐えきれず、二人の間に割って入った。
「何でもっと仲良く出来ないんですか? 理由があるなら教えてください。
 俺は少なくとも、騎士さんはいい人だと思います。それを知っています。
 バルドロさんもいい人です。二人とも、こんなことは似合わない……」
 アルフレッドのお陰か、バルドロは冷静になり、退いた。騎士は何事もなかったかのように作業を続け、やがて骸骨剣士スケルトンを棺に詰め終わった。
「何か空気も悪くしてしまったようなので、僕はこれで帰ります。また会える日まで、さようなら」
 騎士は一礼をして――アルフレッドには手を振り、棺桶を率いて帰っていった。

それから、ギルド内の休憩室のテーブルでバルドロは頭を抱えて座り込んでいた。
 それを目撃したアルフレッドは、事の真相を聞くために彼に近寄った。
「お疲れ様です。話があるんですがよろしいでしょうか?」
「ああ、お疲れ。まあ、掛けたまえ」
 アルフレッドは椅子に座って、本題を切り出す。
「騎士さんの事なんですが……」
 やはりか、という感じで、バルドロはため息をつく。しかし、覚悟は出来ていたのかすぐに教えてくれた。
「彼の名は『イワン・マクラーレン』。ここの卒業生さ」
 今日のやり取りの中で、バルドロが叫んでいた名だ。
「少しずつ、思い出してきたことがあるんです」
 アルフレッドは語りはじめた。
「自分が剣士を目指しているのは、人を守れるような立派な騎士になるためです。以前自分は騎士に命を助けられました。その時の体験ははっきりとは覚えていません。
 でも、彼……イワンさんを見ると思い出したんです。自分は彼に助けられたんだって。自分が騎士を目指し始めたのも、イワンさんがいたからこそなんだなって。
 だから、何故みんながイワンさんを嫌っているのか、自分には分かりません。教えてくれませんか、昔、何があったのかを」
 イワンがアルフレッドを助けた――その事実に、バルドロは少々驚いていた。
「そうか……あいつがな……。俺とライドはな、イワンと同僚だったんだ」
「ライドさんとバルドロさんが同僚? ……意外と若いんですね、バルドロさんって」
「……まあ、そういうことにしておいてくれ」
「グレイブさんは?」
「あやつはあの頃はまだほんの子供だった。
 それでな、俺たちが彼を嫌う理由だが……」
 アルフレッドは息を飲んだ。

「イワンは騎士なんかじゃない。暗黒騎士なんだ」

アルフレッドの中で、何かが崩れ落ちた。暗黒、その響きは何か嫌な気配を感じさせた。
「彼は道を誤った。それが、儂らが彼を嫌う理由だ」
「暗黒騎士……嘘だ……」
「事実だ。しかも、ただの暗黒騎士じゃない」
 アルフレッドは真実を聞くのが怖くなって来た。聞いてはならないようなことを聞いているような、そんな背徳感を覚えた。
「資質を見誤った、最悪の暗黒騎士だ」
 資質――それは、最初に職業に就いた時に決まる能力の優劣。それは選択のしようによって、様々な利点――または欠点になる。
「彼は最初に剣士になってしまった。それが間違いだったのだ」
 バルドロの話によると、こうだ。
 彼は剣士として飛び抜けて優秀だった。当時のバルドロやライドも優秀だったが、それを遥かに凌いでいたようだ。
 だが、それで飽きたりなかったのか、イワンは呪術に手を染めてしまった。
 呪術自体は悪いものでは無い。呪術師として職業がちゃんと成り立ち、戦闘に於いても優秀な職業である。
 だが、問題なのは、それがクレセントテイル戦役前だということだ。――呪術師という職業が、そもそも存在しなかった頃の話である。
 呪術師とは、負の力を扱う職業だ。悪魔との契約、魔物の召喚、など危険の伴う技を使う。
 呪術師の資質、つまり呪術師を最初に選んだ者の特権として、負の力への免疫が出来る。それが無い限り、心身共に無傷ではいられない。
 当時呪術を使うことが禁止されていたわけではない。即死級の禁忌などではなかったからだ。しかし、呪術はじわじわと体を蝕む。いつ何が体に起こるのか、あまり解明されていない魔法だった。
 それ故バルドロとライドはイワンを止めた。しかし、呪術に魅せられたイワンには無駄だった。彼は後先を考えず、呪術に没頭し、いつしか彼は暗黒騎士になっていった。
「これが、イワンが暗黒の力に手を染めるまでの話だ」
 アルフレッドは黙って聞くことしか出来なかった。
「しかし、それだけでは終わらなかったんだ」
 バルドロが再び話し始める。
「十数年前、大きな戦争があったのは知っているか?」
「オリオルフェストの南方を魔物に奪われたっていう、クレセントテイル戦役のことですか?」
「そうだ。その戦争には、儂やライド、イワンも参加していた」
 その戦争は悲惨なものだった。
 事の発端は、世界の中央に位置するアレスター大陸にある国家、アークライト、西方のデルタバーグ大陸に位置するアルビオン、そしてトリトンヘイム大陸のオリオルフェスト。この三国からなる三国軍事同盟が、北方の新大陸の調査に出兵したのが原因だった。
 それまで魔物は例外なく北からやってきた。それならば開拓されていない北方に魔物の本拠地があると考えるのが妥当だ。
 その本拠地をあぶり出すために、調査隊が派遣されたのだ。
「それが、どうしたんでしょう」
「その調査隊の中に、イワンがいた」
 調査隊は多数の国家から選抜された者の集まりだった。イワンはオリオルフェフトで名を馳せるほどの実力を持っていた。なので調査隊に選抜されても何もおかしくはなかった。
「それで、何かおかしな点でも?」
「調査隊は、誰も帰ってこなかった」
「!?」
 調査隊が魔物の領地に足を踏み入れて、帰ってきた者はいなかった。それは、イワンも例外ではなかった。
「そして調査隊の帰りを待ちわびている中、別の戦火が南から上がったのだ」
 クレセントテイル半島――トリトンヘイム大陸の南西から伸びている尻尾のような半島だ。
 魔物はそこから上陸し、人間の領土を襲った。
「儂達はクレセントテイルの戦いに駆り出された。小隊を組んでな。戦いは熾烈を極めた。大型の魔物と何体も戦い、とても知性の高い敵とも対峙した。そんな中、彼が現れたのだ」
「まさか……」
「結局儂らは、防衛線を守ることが出来なかった……彼の裏切りによってな。
 彼は暗黒の力に取り込まれてしまったのだろう。当時は暗黒騎士なんて職業はまだ無かったのだが、その禍々しい姿は文字通り暗黒騎士だった。
 彼は儂らの小隊に多大な被害を与えた。そのせいで、魔物の侵攻を許してしまったのだ。
 今のこの不便な世の中は、イワンのせいだと言っても過言ではないのだよ」
 アルフレッドは、バルドロがイワンを嫌う理由を理解した。それは、どんなに親しくても疑わざるを得ないような出来事だったからだ。
「それからイワンはある方の計らいで自警団として働いている。今はすっかり暗黒騎士の資格も取って仕事しているよ。彼についての話はこんなものかな」
「ありがとう……ございました」
 アルフレッドは裏切られた気分だった。信じる人を失った上に、目指す目標さえ踏みにじられた。行き場のない憤怒さえ湧いた。
「俺はどうすればいいんだ……」
 落ち込むアルフレッドに、バルドロが声をかける。
「イワンは暗黒騎士となってしまった。しかし、暗黒騎士だから悪いというわけではないのだよ。
 力の使い道を間違えなければ、力は味方してくれる。
 騎士とは尊い職業だ。君のような人間が騎士になってくれるなら、それは世界に良い影響を与えるだろう。儂はそう思う」
「バルドロさん……」
「まだ試験の結果を伝えていなかったな」
「あ……そういえば」
「合格だ。これからは剣士として精進したまえ」
「……っ!! はい! 精一杯頑張ります!!」
 こうしてアルフレッドは、念願の剣士になることが出来たのだった。
「とはいえ、新人は研修のカリキュラムを受けなければならないのだが、いかんせんギルドが半壊状態だからな……」
 先ほどの魔物の襲来によって、ギルドの一部施設は破壊されてしまっていた。訓練や研修に使用するような施設も例外ではなかった。
「自分は何をすればいいんでしょう……」
「そうだな、酒場にでも行ってみたらどうだ?」
「酒場ですか?」
「就職したものは大体皆行っておるな。パーティの募集をやっているはずだ。
 パーティを組んだ方が、一人で訓練するよりも断然効率がいいと思うぞ。何より、仲間が出来るのはいいことであるからな」
 パーティとは、他の職業の者と協力して様々な依頼をこなすためのグループだ。
 就職が決まれば、次は毎日をどう生きていくかが問題だ。
 日々の鍛錬の他に、依頼をこなして生活のためのお金を稼いでいかなければならない。
 一人きりで依頼を受けるワーカーもいるが、殆どの冒険者ワーカーはパーティを組む。その方が安全で効率的だからだ。――尤も、報酬の分前が減るという問題はあるが。
 バルドロは、アルフレッドにもそうするよう促しているのだろう。
 そもそもギルドというのは、就職試験、転職試験、研修や研究、訓練以外にはあまり利用することはない。
 早めに旅立った方が良いというのをバルドロは教えてくれたのだ。
「そうしてみます。じゃあ、俺はこれで……」
「ああ、今日はご苦労様」
 最後に挨拶を交わし、アルフレッドはその場を立ち去った。

タイミングを見計らったかのようにライドがバルドロの元に現れる。
「全部話したのか?」
「いえ、核心までは触れてないですよ。心配しなくても、国軍のことや司令のことは何も話してないですぞ」
 敬語で喋るのはバルドロだ。
「そうか、まだそれでいい。時が来るまで待とう。
 あいつは、きっと強くなる」
「驚きましたな、あの『居合抜き』」
「ククリで居合する奴なんて初めて見たな。まあ、マグレだろう。……俺の方が強いし」
「そうですな。それでこそ、司令です」
「まあな。……本題だが、ある計画が出てる」
 ライドは手にしている地図をテーブルに広げる。
「保護区外か……丁度アクルクシアとオリオルフェストの相中といったところですかな」
 バルドロの指す地点に、バツ印がついている。
「先の戦役で被害を受けた地域だ。今は誰も住んでいない――魔物以外はな。そこに破棄された遺跡があるんだが、そこで大型の魔物が現れた」
「最近物騒ですな。魔族の目撃情報もたびたびありますし……」
「魔物も本腰入れてるってことさ」
「はあ……それで駆り出されるのはいつも国軍ですからね」
 バルドロはため息をつく。
「トップの前でよくそんなこと言えるな」
 ライドは呆れる。
「年は儂の方が上ですよ」
「それでも同期だろーが。まあいい。この作戦概要、目を通しておけよ。ちょっと厳しい戦いになるかもしれないしな」
 ライドは一枚の紙を渡し、その場を去ろうとした。
「あ、お待ちを、司令」
「どうした? 大佐」
 バルドロがライドを引き止める。
「どうも気になっていたんです。アルフレッド君のこと。彼の名前、アルフレッド・ガルシア……」
「それがどうした」
「ほら、あの人も……」
「あー、まあな。でもガルシアなんて姓、こっちじゃそこそこ見かけるだろ?」
「彼には生まれたばかりの息子がいるって」
「まぁ、丁度あのくらいの歳かもな」
「なんでそんなに無関心なんです!? あの人を一番慕っていたのは、司令、あなたじゃないですか!?」
「はは……。奴のことを考えると、古傷が痛むんだ。」
「もしかして司令……最初から気づいてたのですか?」
「……」
 ライドは何も言わず、立ち去った。
 バルドロはその姿を、止めることなく眺めていた。
「これも運命なのか? 教えてくれ、ハイズベル……」

「ただいま! 母さん!」
「おかえり、アル。どうだった?」
「試験、合格したよ! 俺、剣士になった!!」
 その言葉に、アンは驚いた表情を見せ、そして微笑んだ。
「そう、良かったわね」
「明日からはパーティ組んで依頼をこなさないといけないから、あんまり家には帰ってこれなくなると思う」
「そうなの……もうすっかりワーカーね」
「まだまだだって。パーティも組んでないし……」
「行き詰まったら、いつでも帰ってきていいからね」
「うん、分かってる」
「……さぁ、夕食にしましょう。今日は腕によりをかけたのよ」
 アンはアルフレッドを食卓へ促した。
「先に食べてて。私、トイレに行ってくる」
「分かったよ」
 アンはそう言って、夫の写真の元へと向かった。
「アル、剣士になったんだって」
 彼女は写真に語りかける。
「そう、あなたと同じ、ね……勿論不安よ。あなたみたいに帰ってこなくなるかもしれない……。
 それでも、私は送り出すしかできない。私はあなたを知ってるから。あなたが何故、何のために剣士になったのか。
 それを知っているから、私はアルフレッドを止めないわ。きっとアルも、同じこと考えてるんでしょうね」
 写真は返事をしない。しかし、アンは写真に耳を傾けていた。
「そうね、きっとアルならあなたの成し得なかったことを成し遂げられる。あなたがついてるから。そうでしょ?
 アルフレッドは勿論、あなたのことも一生愛しているわ――ハイズベル」
 写真の中の男性はアンと笑顔で向かい合っている。
 そしてアンは写真に優しく口付けすると、その場を後にした。