始まりは突然やってきた。
その昔、まだ国家同士の結びつきが弱い頃。
デルタバーグ大陸北部に膨大な数の魔物が侵攻した。
当時の軍隊の規模は小さく、途方もない数の敵に対峙するも兵士たちがそれらを止めることは敵わなかった。
これが俗に云う第一次北デルタバーグ戦役である。
国王は徴兵制度を撤廃した。代わりに魔物討伐専門職を用意したのだ。
王はまず、『戦士』『魔導士』『僧侶』『武闘家』『盗士』の五職業を制定した。
この制度は瞬く間に国中に広まった。
当時は階級の低い国民や奴隷は重労働をこなし、雇い主に酷い仕打ちをされる者も少なくなかった。
そんな社会制度が成り立っていた中、この制度は革新的だった。
貧困層や奴隷は直ぐ様新たに制定された五職業に就いた。その数は、当時の軍隊の数十倍の規模に及んだ。
そして数年後、王は北部デルタバーグを奪還する作戦を企てた。
そのために必要な兵は国民から公募した。苦しい生活から脱却させてくれた王のために、多くの国民が名乗りを上げた。王はその者達を率いて、戦場へと馬を駆けさせた。
戦況は芳しくなかった。王のために、何十人もの人間が、彼の臣民が命を捨てた。そして彼は、辛くとも勝利を手にした。その勝利は、喜ばしいだけのものではなかったが、世界に大きな意味を持たせるものとなった。
これが俗に言う第二次北デルタバーグ戦役である。
アルビオン王はいつの日か来るであろう魔物の襲撃を想定して、更なる戦力の増強を図った。彼は出来るだけ自分の仲間の死にゆく姿を見たくなかったのだ。
彼は大陸内での連携を堅いものにした。魔物の襲撃が相次いだ北のシグナスを助けるために、アルビオン南西のイグナシア、それからより南のタラゼドから兵士をシグナスに駐屯させたり、食料を供給できるように物流を整備したりした。しかしこれだけでは魔物の侵攻を止めることは出来ないと彼は考えた。――最早これは一大陸でどうこうできる問題ではなかったのだ。
彼は海を渡り、他大陸の国家に赴いた。アレスター大陸のアークライト国、そしてトリトンヘイム大陸のオリオルフェスト国へ。彼が築き上げたのは、三国軍事同盟。可能な限り軍事的知識を分け合い、三国の軍事技術を高めあおう、そして各国の危機には、三国が協力して派兵し合い共通の敵、魔物を退治しようという内容のものだった。
これから三国の軍事力は急成長し、世界を代表する国々へと成長した。それからも三国は交易を繰り返し、気づけば産業は目まぐるしい成長を遂げていた。
それから数世代の間、大きな魔物の襲撃は無かった。未開拓地域との境界での戦闘は度々あったが、軍事同盟の三国が派兵する有志達で事足りる戦争ばかりだった。
平和は表向きには成り立っていた。人々の生活水準は明らかに上がっていたし、暮らしに不満を持つものは殆どいなかった。
だが、その平和は常に死と隣合わせなものだった。魔物との戦いによる死者は絶えなかった。彼らが身を挺して魔物と対峙することによって、平和は成されていた。
少しずつ、人々は気付き始めていた。魔物の長、諸悪の根源である魔王を討伐しない限り、本当の平和は訪れないということに。
静寂が破られたのは、現在から十八年前のことだ。
極北調査隊派遣。そう称して未開拓地域に国家から選抜された腕の立つ者達が送り込まれた。
今まで魔物は例外なく北からやってきた。ならば、魔物の住処は未だ開拓されていない地域にあると考えるのが妥当だ。
そうして精鋭達が極北に送り込まれ――誰も帰ってこなかった。
時を同じくして、想定外の出来事が起こった。
魔物が南から侵攻してきたのだ。
トリトンヘイム大陸の南から伸びているクレセントテイル半島に、無数の魔物が上陸した。
それはまるで、極北出兵に合わせてきたかのようなタイミングだった。
北に完全に気を取られていたオリオルフェストは、当然クレセントテイルへの派兵が遅れてしまった。
魔物の侵攻は予想以上に早く、その被害はオリオルフェスト、アクルクシア周辺にまで及んだ。
結局、オリオルフェストとアクルクシアの間には魔物が棲みつくようになり、人々はその地を手放した。
当時の職業制度には欠点があった。それは、一度職に就くと、転職が難しいこと。一つひとつの職業が広義すぎること。
それを改善するために、新たな職業が国際的に制定された。
『戦士』の中でも、人気のある剣と弓に関しては、『剣士』『弓使い』を制定することでより専門的な訓練を受けられるようにし、『魔導士』が派生して『戦術師』『呪術師』、その他にも『吟遊詩人』『銃士』など様々な職業が追加され、その道を極めた者はさらに上の中級職、上級職にステップアップすることが出来るようになった。
そして、この複雑になった職業を管理するために設けられたのがバッジ制度。今まで自分が極めた職業や、現在就いている職業に対応するバッジを身につけることで、その職業と同等の資格を有するようになった。これは中級職や上級職になる時の指標として重宝した。
こうして出来た新制度によって、再び人々は力をつけはじめた。劣勢にあった人類も、徐々に戦況を覆しつつあった。
それから大きな戦いも無いまま時は流れ、現在に至る。