「こうやって二人で酒を飲めるようになるなんてな」
「五年前には思いもしなかったよ」
バーでしっぽりと酒を飲み交わす男が二人。
「ミラ王女は今頃会食かなあ」
「やっぱり俺たちも護衛でついていった方が良かったんじゃないか?」
「俺たちが行ったところで足手まといにしかならないだろうよ。アイツはアイツで、生半可な気持ちで五年間を過ごしてはいないだろうからな」
片眼鏡の男がターバンの男の空いたグラスに酒を注ぐ。
「もっと飲めよ。こんな機会今日くらいしかないんだから」
「……少しペース早くないか?」
「? こんなもんじゃないか」
ターバンの男の顔色があまり良くなかった。片眼鏡の男は気づかずに話を進める。
「滞在中は王女様が取り計らって研究府の見学をさせてもらえるんだってな。ラッキーだ。エンジニアとしては見逃せないからなー」
「スマン……は、吐きそうだ」
ターバンの男はもう限界といった様子だ。
「おいおい大丈夫かよ。トイレで吐いてこい。ここで吐くと店に迷惑だ」
「おう……」
ヨロヨロとターバンの男がトイレに駆け込んだ。
……
…………
十数分が経った。
彼は戻ってこない。
心配になってきた片眼鏡の男はトイレに様子を見に行った。
「大丈夫か?」
「ああ……」
「出すもんは出したか?」
「まだ……。吐こうと努力はしてるんだが体が拒否してる」
「ほ~。酒飲みの俺が一つアドバイスしてやる」
片眼鏡の男はモノクルを片手でクイッと直した。
「どうしても吐きたくても吐けないときは、無心で口の中に手を突っ込んでみるんだ。手前じゃない。だいぶ奥までだぞ。異物が入ったと思って体が吐き出そうとする」
「やってみる……。うぇ…………本当にこれで吐けるのか?」
「思ったより奥までだからな」
「うっ……あっ、げぇっ」
「その調子だ」
「うぇっ……げぇぇぇぇ……はぁ、はぁ……」
「大丈夫か?」
「はぁ……はぁ……いっぱい出たな」
「その文面何か卑猥だからやめろ」
こうして夜は更けていった。
シグナスの女王フレイヤとアクイラの王フレイ、彼らの和平を示す同盟締結式、人呼んでツインズジュビリーが本日執り行なわれた。
これは二国首脳の会食の様子である。
「我が弟フレイよ。今日はこのように同じ卓で食事が出来て嬉しく思いますね」
「……そうだな。こんなの、父上が亡くなって以来だ」
「さあさあ、食べましょう。シグナスの食べ物がフレイの口に合うといいのだけれど」
「……もし仮に、この食事に毒が盛られていたとしよう。アクイラの首脳は全滅。シグナスはアクイラを完全に制圧できるようになる。違うか? 姉上」
「……そうだと思うのなら、試させてみては? そんなことするはずが無いけれど」
フレイヤはフレイの側近ツクヨミに目をやる。
「我が側近に毒味をさせろというのか!? いくら姉上だからと口が過ぎるぞ!!」
「いいのです、フレイ陛下。私が食事の潔白を示せばお二人の、二国の関係はより良くなるのですから」
「ツクヨミ……」
ツクヨミは食事を口にした。
「ほら、なんともありません」
「だから申したでしょう」
「疑ってすまなかった、姉上」
「さあさあ、気を取り直して、みんな食べましょう」
シグナスの郷土料理は実に美味だった。
気づけばフレイは、プレートの料理を全てたいらげていた。
「陛下……」
ツクヨミがフレイに声をかける。
「少しお手洗いに」
ツクヨミが去ったタイミングで、フレイヤがフレイに話しかける。
「ねえ、フレイ。幼い頃にあなたが好きだったクラシック、覚えている?」
「ああ。「蝶々の粉」だったかな。今でもよく聞くよ」
「今日はオーケストラを呼んでいるの。あなたの思い出に残るように」
フレイヤが合図すると悲壮漂う音楽が奏でられる。
「ただいま戻りました」
ツクヨミが戻ってくる。
彼女は口元に垂れた何かをサッとハンカチで拭き取った。
……
フレイは違和感を感じた。
「ツク、ヨミ?……」
命の危険を感じたのだ。
「何か?」
フレイはフレイヤを睨む。
彼女は――彼女のプレートは
全く手がつけられていなかった。
「貴様ああああああ!!! 謀ったなあああああああ!!!!」
食事をしていた者たちが次々と倒れていく。至る所から血を吹き出しながら、もがきながら、叫びながら、息途絶えていった。フレイは無残にも死にゆくアクイラの者たちを呆然と見つめた。――シグナスの兵士は誰一人死んでいなかった。
フレイは果物ナイフを手に取った。
そして、フレイヤにナイフを突き立てる。
「シグナスの兵士よ!! これは最後の警告だ!! フレイヤの命は我が手中にある!! 投降せよ!! 二度は言わぬぞ!!」
フレイは最後の賭けに出た。自分の命ももう長くないはずだ。幸いツクヨミはまだ生きている。フレイヤの命と引き換えにツクヨミに解毒剤を――
待て
最初に毒味したツクヨミが、何故まだ生きている?
「ま、さ、か、」
ツクヨミがフレイの元へ歩み寄る。
「陛下」
「俺がお前を助けてやる。フレイヤの身柄を渡して解毒剤をもらうんだ。きっと助かる」
もう、分かっていた。
この女は最初から、
私と出会ったその時から、
私を欺いていたのだ。
ツクヨミは何も言わずに踵を返した。
「あああああああああああああああああああ!!!!!!」
何もかもに絶望したフレイは、フレイヤの喉元を切り裂いた。
フレイヤは苦しみも見せずに絶命し、フレイも程なく血を吹き出して逝った。
一人残されたツクヨミは、閉じられた扉を見つめる。
閉じられた扉がファンファーレとともに開け放たれる。
「おめでとうございます! 私、アインシュレイン国王女ミラージュはこのような歴史的瞬間に立ち会えて光栄で――」
「ミラージュ・アインシュレイン、賢いあなたならわかっているでしょう?」
ミラージュは愕然として、膝から崩れ落ちた。
「ノース・エコノミック・メジャーはもうお終いよ」
ビヴロストの半分が、秩序を失って混沌に飲み込まれた瞬間だった。
ツインズジュビリー、この日はブラッディセレモニーという名で、歴史に残る惨劇として語り継がれている。