アインシュレインの王トパーズ・アインシュレインは国民から大変人気のある王だった。彼のおかげでN.E.M.のつながりが強くなり、文明が発展してきたのが大きいだろう。
そんな彼が、数日前に城を飛び出した。彼は自ら「アルファルド」の地質調査に赴いたのだ。「アルファルド」とは、かつて旧文明の栄えた遺跡都市だ。文明の廃れた原因は、スフィア大戦と呼ばれる古代の大規模な戦いだ。何故そんな遺跡都市にわざわざ一国の王が出向いたのか、今となっては真実は分からないが、王の日記にはこう記されている。
「嫌な予感がした」と。
レイオアム魔導学園に正体を隠し魔法を学びに行っている王女ミラージュ・アインシュレインは、玉座を空けるわけにはいかないと側近に忠告され、なくなく城に戻ることになる。それが彼女の最後の学園生活だった。
地質調査が行なわれた所以は、遺跡全体が深い濃霧に覆われたからである。それはただの濃霧ではなく、地下から膨大に漏れ出ている汚染物質である可能性があり、地質調査に至ったのだ。
王が監視する下で、調査員が掘削し、試料から成分を解析する。
その結果に一同は驚いた。それは人の構成要素と一致していたのだ。つまり何が言えるのかというと――この霧は生きている。
その時、掘削した穴から黒い何かが噴き出した。それは王を含む調査員を巻き込み、世界各地へ消えて行った。
これこそが、現代における暗黒物質誕生の真相である。
王と連絡が取れなくなったことから城の者達が慌ただしくなっていった。どうにか王を捜索しているのだ。
ミラージュには何も伝えられていない。彼女は使用人達の落ち着かない様子を疑問に思っていた。それは疑念から胸騒ぎに変わっていった。
翌日、大規模捜索の結果、王を含む調査員の行方が判明した。
彼らは、誰一人同じ場所にいなかった。
ある者は北に、ある者は東に、ある者は南の街中に。
全員、死体で見つかった。
「交換手か!? すぐさまミラージュ王女に繋いでくれ!! 緊急の要件だ!! 急げ!!」
交換手は城内の電話に取り継ぐ。しかし、ミラージュは城にいなかった。
「何をしている! 早くしろ!!」
捜索隊は苛立っていた。それでも、交換手は必死に城内の電話に繋いでいる。
ミラージュはグラッドストン広場にいた。幼き頃、父と遊んだ思い出の地。彼女は懐かしさで胸騒ぎを収めようとしていた。
「ミラ王女!!」
側近のアーチェがミラージュの元に走ってくる。息を切らせたその様子は只事では無かった。
「何があったの!?」
「電話が来てるっ……」
「誰から!?」
「捜索隊の一員よ」
「捜索って……誰のこと!? 誰がいなくなったの!?」
アーチェはハッとした。思わず口を抑えた。
「ごめんなさい……でも、説明している暇は無いの」
アーチェはミラージュを引き連れて、城内に駆け込む。そして最寄の電話の受話器をミラージュに手渡した。
「もしもし!! ミラージュよ!! 言いなさい、何があったの!?」
「グラッドストン・パーク・コーナー」
ミラージュは膝から崩れ落ちた。頬を伝う涙が床を濡らしていく。彼女は声にならない声で泣いていた。
「グラッドストン・パーク・コーナー」
彼女の耳には、王の死を意味するその暗号が残響していた。